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中学生がシューベルトの魔王を買いにいく

この顔で最初『魔王』とか可笑しいんですが。

昔、地元のTSUTAYAというレンタルCD屋の隣に、喉元に短剣を突きつけられたような小さなCDショップがあったんです。

はじめて買うCDの大切さ

大人になった僕は、最近でこそ音楽を趣味でしてますが、
実は笑っちゃうくらい、音楽にお金を掛けてこなかった。

CDを買わないし、ライブも行かない。
誰のライブも見たことないのに、自分が演者になってステージに立つ方が早かったくらい。

今回は僕がそんなケチになってしまう背景のようなお話です。



今となっちゃエモい時代

当時はまだ音楽を聴くのにお金が掛かった時代。
CDを買わないと聴きたい曲が聴けなかった。

カセットテープからMDに移ってまもなくでしたから。
ラジオから録音とか、友人にダビング頼むとか、そう簡単にはいかなかったんですよ。

そうするとTSUTAYAで借りるか、
TSUTAYAがなければCDを買うしかなかったんです。


魔王という曲

小学生の終わりくらいから、
凝ってクラシック音楽を聴いていたんです。

中学に進学して、音楽の先生が素晴らしかった。
髪型がシューベルトみたいなんですよ。
何なら、顔立ちもシューベルトでした。

日本中にいますもんね。こういう顔。
あと、首どうなってんの🥺

こんな髪型なんで当然音楽を愛しているんですよ。それに情熱的。

先生が弾くピアノも、語りも、歌も、どれも荒削りで叩きつけるような感じ。
中学生の僕らの心を鷲掴みにしました。
先生が弾いたカッチカチのショパンは忘れません。

柔らかさ命のショパンをカッチカチにするなんて、塩パンやあるまいし、なあ先生!😂


魔王ってどんな曲?

そんな音楽の授業でシューベルトの魔王が紹介されました。
中2の男子は一発で虜(りょ)。

その音の迫力や、
ピアノ伴奏の強弱で馬の駆け足とか、弱まる鼓動を表現するというコンセプト!

当時ぼくにはまだ耐性なかった「魔王」とか生死を扱うという重厚な世界。

当然歌唱はディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ。
今日調べて知りましたけどね(笑)


ぼく「一発芸で歌いたい🥺」

いっつも子供パートのところで笑ってしまう。顔最高。
そんな僕は「友人を笑わせるために覚えたい!」となるわけです。

そういうことで、どうしてもその音源を手に入れたいと、入手ルートを模索するのでした。


魔王を買いに行く

先生にダビングを頼むという発想はなかった

というより、僕らは1年生のとき卒業ライブにコント枠で出演し、
学校中の目ぼしい先生の誇張しすぎたモノマネをしたせいで

大変嫌われていました。

いや、そういう気でいました。
授業中に先生たちから仕返しされたものです(笑)


親戚筋に当たるという発想もなかった

実はぼくの祖父がオーディオ愛好家で、
クラシック音楽を嗜んでいたのですが、当時はまだその認識がなかったんです。
ただのハゲた優しいおじさん。

灯台下暗し。
いや、ハゲてるんだから暗いわけないんですけどね。

友人や友人の親御さんなどに「魔王」持ってないかヒアリングしたんですが、
クラシックなんぞ聴いている世帯なんてあろうはずもなく。

「何やそれ。酒か?」ってなもんでした。
彼らの音楽といえば車輪付きの管楽器、楽器は専ら二輪の乗り物でした。パラリラ

何ぶん軒先を連ねるようなスラムの街で育ちましたもので。


ちいさなCDショップへ

仕方なしにTSUTAYAに探しにいきましたが、旧作コーナーにもなし。
最後の手段。

喉元に短剣を突きつけられたような、TSUTAYAの向かいの小さなCDショップを頼りました。
高齢者向けの演歌や歌謡曲がメインのお店なので、置いてるわけない!

すると「取り寄せるんか?」と、店主が震える手で分厚い台帳を引っ張り出してきてくれた。

粋な店主は、ジブリに出てくる気のいい店主にでもなったつもりで、
純真だった僕の一生の思い出になってやろうと、面倒を引き受けてくれた。

ベロリと2本の指をひと舐め、台帳をめくる。

僕としては、これが人生で初めて関わる外部の大人で、
一刻も早く外に逃げたかった。
その最も早い選択肢が、「早いとこ注文を済ませること」になっていた。


当時の物価価値

店主が該当する曲の指揮者か歌手の一覧を見せてきました。
複数候補がある。
当然、店主も僕もわからない。試聴する手段もない。
唾べっとりのジジイご自慢ゴールデンフィンガーをもってしても絞り込めない。

英語じゃないのでどこの国の人かもわからない(笑)
「外国人なら何でもええわ!」
当てずっぽうでコレ!と選んで、必要な情報を紙に書きました。

そして店主がこう言います。
「前金でいくらか置いてって。ナンボでもええけど、たとえば1000円とかでもええよ。商品が届いたら残りを払ってくれたらええから」

恐ろしい言葉です。
中学生の1ヶ月分のおこづかいが調子の悪い時で1000円とかだったと思うんで、
今の物価価値に直すと
「ナンボでもいいけど40万くらい置いてって」って言うんです。

近くに中学生でも借りれるアイ◯ルはありますか??
チワワに頼るしかねえ。

どうするアイ◯ル

がっかり体験

待つ時間もたのしい時間

その時の僕は全身汗びっしょりだった。
暑いわけではなかった。
慣れない大人との取引。頼りにならない友人。渡したことないほどの大金。

「どうってことなかったな」
「おう。俺たち、やったんだな」
「ああ。やった。」
「たぬきジジイにかましてやったぜ」
強がり。

そう店を後にして1週間かどのくらいか待った。

店主が大金を騙し取って逃げたりしないか、
はたまた使命半ば天寿を全うしたりしないか、
とにかく心配で、毎日のように店を遠巻きに監視しに行った。

「野郎、動きなんかありゃしねえ」
「俺らは枯れ木を店主と見間違えたんじゃねえか?」
「くそ、これじゃ魔王の歌詞と一緒じゃねーか!」

待っているこの期間のワクワクも、お代のうちで買い物ってあるんだと知った。


魔王到着

そんなジジイの指も乾いた頃のある夜、
家の者から取り継がれ、
店主からの電話を受けた。

「魔王来たで」
「魔王が来ましたか……!」

後ろで侍立していた家人はギョッと驚いたことでしょう。
そんな親を尻目に「行ってくる」と駆け出して魔王を迎えに行った。

荷台のついてない自転車でね。帰りは立ち漕ぎか🤔
翼いけるかな🤔


こんなん魔王じゃない🥺

「これで間違いないか?」と店頭で残りの金額の支払いがあった。

想像もしなかった。
見たジャケットには洋モノのおばはんのバストアップ写真があった。

そう。注文のときリストの読めない文字から当てずっぽうで選んだのだ。
だから、男性なのか女性なのかも見分けられず、女性歌手のバージョンを注文してしまっていたんだ。

震える手で残りの代金を、店主の震える手に渡した。

店頭では例によって「早くこの場から逃げたい」と焦りがあったので、
「ジャケットのおばはんは、指揮者かプロデューサーという線も拭えない」と
一縷の望みと、知らん魔王を抱えながら店を飛び出した。

汗だくで。

店主は最後ベロリと指を舐めあげて、次回使えるクーポンを渡そうとしたが、それは断った。

帰り道、魔王に「へっ、よかったのかよ。もらっときゃよかったのに」と言われると、やけに惜しくなってきた。
端の湿ったクーポン。

遠くで犬が鳴く。冬の夜。


二度と音楽にお金は使わないと誓った

家に帰って慌ててCDを開ける。
何だこのパンツみたいにぴったり張り付いたフィルムは。
掻きむしって破いた。あれほど長く感じた20秒もなかっただろう。

そしてCDプレーヤーのベロに乗せ、飲みこませる。
初めて自分で買ったCDだよ。味わって。

回転を始めたプレーヤーから流れたのは、やはり女性が歌う魔王。
全然ピンとこず。キーも高すぎて歌えない。

知らん魔王…🥺

こうして僕の2ヶ月分のおこづかいは、失意とともに、魔界に吸い取られてしまった。

「これが、音楽にお金を使う、虚無感といふものか…」

それ以来、僕はギャンブル・風俗に次いで、音楽にお金を使うことに抵抗を持ったまま生きている。


その後の魔王

結局、意を決して音楽の先生に言うと
「カセットテープを持っといで。ダビングしたるから」と言ってもらえて、
所有しているあらゆるバージョンの魔王を入れてくれた。

それ以来、授業で紹介されたクラシック音楽は
ほとんどダビングをお願いしに行った。
僕だけのために情熱的な講義をしてくれる、ランと輝いた青春を謳歌している先生の瞳。

そして、この話を聞いた母が笑い話として祖父に話し、
祖父からも「うちに来て聴きなさい」と招待されたし、
たくさんの名盤を紹介されて、聴ききれないほどの音源をもらえるようになった。

やがてクラシック音楽への関心がなくなった。

売られてゆく知らんおばはんは100円でブックオフの奥に消えてゆくが、
お別れの瞬間に僕にウインクをしたような

そんな気がした。

#はじめて買ったCD

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