岸田の「ことば」
読売新聞に、こんな記事。
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20211225-OYT1T50019/
北京五輪 人権考慮、閣僚派遣見送り…米と足並み 政府発表
政府は24日、来年2月に開幕する北京冬季五輪・パラリンピックに政府代表団を派遣しない方針を発表した。閣僚など政府高官の派遣を見送る。香港や新疆ウイグル自治区などの人権問題を考慮した。すでに「外交的ボイコット」に踏み出している米国や英国などと足並みをそろえた。
岸田首相は24日、中国に自由、基本的人権の尊重、法の支配の保障を働きかけていることを指摘した上で、「北京五輪への対応については、これらの点も総合的に勘案し、自ら判断を行った」と語った。首相官邸で記者団の質問に答えた。
中国の人権問題に抗議し、北京五輪に政府代表団を派遣しない。ここまでは納得できる。
問題は、次の部分。
自民党の安倍元首相ら保守系議員らが政府に「外交的ボイコット」を求めていたが、首相は「日本から出席のあり方について特定の名称を用いることは考えていない」と語った。「ボイコット」と呼ばないことで、中国側に一定の配慮を示したものだ。
この「特定の名称を用いることは考えていない」という、ばかげた表現に、私は笑いだしてしまった。そして、その「表現」に配慮して、「外交ボイコット」という文言を見出しにとらない読売新聞に怒りを覚えた。
「実態」(事実)を無視して、政府がつかうことばをそのままつかう。それでジャーナリズムといえるのか。「外交ボイコット」ということばをつかわなければ、外交ボイコットにならないのか。
こんなことを認めていたら、「核兵器」ということばをつかわずに、「戦争抑止力兵器」ということばをつかうようになるだろう。被爆者を「戦争終結にともなう必然的犠牲者」と呼ぶようになるだろう。「先制攻撃」と呼ばずに「敵基地攻撃」というのも同じである。
すでに「丁寧な隠蔽(完璧な隠蔽)」を「丁寧な説明」というのが自民党トップの表現として定着している。政府が言っていることばをそのままつかうのではなく、実態が国民にわかることばに言いなおすのがジャーナリズムの仕事である。そのまま「正確に」報道するのは、単なる「宣伝」にすぎない。
それでなくても、中国は「外交ボイコット」されたとは言わないだろう。コロナ感染拡大に配慮し、外国政府要人の招待を控えたと言うだろう。いまの時期、北京五輪に外国要人がこなくても、中国は痛くも痒くもない。コロナ拡大という「名目」がある。それを利用できるからである。
だからこそなのである。「外交ボイコット」ということばをつかわないことには、中国の人権姿勢を批判したことにならないのだ。それだけではなく、それは中国の人権侵害を認めることになるのだ。岸田の「ことば」は間違っている、と言う必要があるのだ。
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