よくある不倫のよくある子供の話

ふつうの家庭のへんな父ちゃんの話 の続編です。

恋に落ちて

その人は会社でも目立っていた。
長身で仕事もでき、軽妙な話は私たちOLにも人気があった。

そんな彼が、ある日バーに誘ってくれた。
グランドピアノの生演奏。
カウンターには一目で高級とわかる百合のアレンジメント。
百合の値踏みをしつつ、これまた聞いたことのないカクテルを飲む。

帰り際に彼はマスターに言った。
「この百合を花束にして彼女に」

私は彼に夢中になった。

不倫、へ

何回か重ねたデート。ある日、街中で同僚の後ろ姿が見えた。
そっと路地に隠れる二人。

そう、彼には妻子がいたのだ。
そして、そこからはお決まりの修羅場だ。

「私のことが好きなら奥さんと別れて」

「それはできないに決まっているだろう」

獅子座の彼は世間体を何より気にする。
職場の子と社内不倫なんてもってのほかだ。

でも、これって…
私の中の悪魔がささやいた。

「私を捨てたりしたらあることないこと会社に話すわ」

彼の顔は真っ青になり、うなだれた。
私の勝ちだ。

完全に弱みを握った私は、彼との同棲を始めた。

彼との生活

もともと明るい性格の彼と過ごす毎日は楽しかった。
本当の夫婦ではないけれど、
「新婚生活」は甘いものだった。

そうすると欲も出てくる。

「あなたとの子供が欲しいわ」

しかし彼は今まで見せたことのない怖い表情できっぱりと言った。

「それだけは駄目だ」

彼の真剣な表情に驚いた私は黙るしかなかった。

女の幸せ

それでも私は女の幸せをあきらめられなかった。
以前彼に見せてもらった娘の写真。上は小学生、下は保育園だろうか。

また私の中の悪魔がささやいた。

毎日の無言電話。
ポストへ投函した剃刀入りの手紙。

「嫁が心を病んでしまってね…。今日は病院へ付き添いに行ってくる」

「いってらっしゃい…、あ、これ娘さんへお土産を」
「気が利くな」

このころから彼は奥さんと会うと疲れた表情で帰ってきた。
口論が絶えないらしい。

「娘さんたちが可哀想ね…。」

彼はうつむいて言った。

「そうかな…、でも余裕がないんだよ」

「私が縁日にでも連れて行ってあげましょうか」

びっくりした顔をしたが、少し考えてから彼は答えた。

「子供たちにもつらい思いをさせているようだし、気分転換にいいかもな」

縁日

上の子は学校があるというので、下の子と昼間の縁日に出かけた。
粗末な服、暗い顔。

「りんごアメ食べる?」

最初は反応が悪かった彼女も、徐々に打ち解けていった。

「何かほかに欲しいものあるかな?」

「あれ欲しい!」

カニの模様の青い浮輪。なぜ浮輪。なぜカニ。
可愛すぎる。

日も傾いたころ、カニの浮輪とお菓子を両手いっぱい抱えた彼女は、
顔いっぱいの笑顔を向け、私に言った。

「楽しかったね!」

思わず私は彼女を抱きしめ、言った。

「おばちゃんちの子にならない…?」

「……」

そっと体を離して彼女の顔をのぞきこんだ。
笑顔は消え、こわばった表情で、震えていた。

進展

案の定離婚の話は進んでいたらしく、親権の話になっていた。
娘は二人、両親で一人づつという方向とのことだった。

私はいきなり思春期の子の親になる勇気はなかった。

ある日、奥さんと私たちでその件の話をすることになった。

私は怖かった。
奥さんは心を病んでいる。
私を恨んでもいるだろう。

足がふるえた

そして…
お守り代わりに、台所へ行って、
包丁をバッグにしのばせた。

話し合い

奥さんと彼の家。
粗末な団地の玄関を開けた。
茶の間に通され、お茶をいただいた。

無言で流れる凍り付いた時間。

私は冷や汗が止まらなくなり、
ハンカチをバッグから取り出した。

「カシャーン」

床にはねる包丁。言葉にならない怒声。
彼は私の腕を強くつかみ、叫び声をあげる奥さんを残し、
わが家へと帰った。

欲望の終わり

離婚の話は消えた。

それ以来彼の娘には会えていない。

それでも、彼が奥さんのもとに帰るときには
お菓子や、子供服を持たせた。

縁日での笑顔がよみがえる。

どこでボタンを掛け違えたのか。

今は、あの子の幸せを願ってやまない。

この物語は、実話をもとにしたフィクションです。

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