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ダメ男、新薬の人体実験に参加する

世の中にはやっていいことと悪いことがあります。
それはけして法律云々の話ではなく、倫理的、道徳的に、それをやっちゃ、人間として終わりだろ、みたいな、というか。

今回のネタは非常に微妙なケースです。
たしかにアタシは、今回のネタ元の体験をするにあたって「一切口外しない」という誓約書に署名をした。だから厳密にはアウトかもしれません。
しかしアタシがこれから書きたいのは、ソコでの生活ぶりについて書きたいのです。つまり何ら、表沙汰にされて先方が困るようなことは書く気がない。しかももう20年以上の前の話で、今は何から何まで変わってるだろうし、まァ、ギリギリ許されるラインではないかと。

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わかってるよ、ぽんぽこ。ではとっとと本題に入ります。


◆ はたらく、ということ

思えばアタシも、数限りないアルバイトをしてきました。
まァね、30歳になるまでは音楽をやってた関係でアルバイトで生計を立てるしかなく、その後はフリーのデザイナーになったので正社員として働いた経験なんて数えるほどしかないのですがね。

それでも完全なっつーか文字通り<アルバイト>となると20代の頃までってことになるんだけど、まだ若かったからか、本当にいろんなアルバイトをやった。
そんな中で一番辛かったと言えば、やっぱり引っ越しのアルバイトかな。あれはもう、死ぬかと思った。というかアタシが行った引っ越し業者そのものがメチャクチャで、マジであり得ないレベルのことをさせられたんだから。

では逆に、もっともラクだったアルバイトは何か、となるとですね。
いやアタシは基本的に怠け者なので、常に「なるべくラクな、退屈レベルで何もやらなくていいようなアルバイトはないかな」と探していました。
そんな時、大学時代の先輩がとんでもない話を持ってきた。というか体験談として語ってくれた。

「こないだ新薬の実験のバイト行ったけど、アレは最高やったわ。バイト代はええし、何もせんでええんやからな」

まさに「!!!」ってヤツです。いやマジで、本当にそんなのがあるのか!?って感じで。
都市伝説的なアルバイトはこの時代からいろいろ流布していて、代表的なのが「ホルマリン漬けの死体を洗う」ってのでしょう。これは現今でも流布してるけど、実際にはこんなアルバイトは存在しないと言われている。そもそもホルマリンに死体を漬けたら洗うどころか溶けちゃうよってことらしい。
新薬の人体実験も似たようなもので、たしかにそんな噂はあるけど、どうせこれも都市伝説の類いだろうと思っていたのです。

ところが実際にやった人が、目の前でその体験談を語っている。しかもどう見ても嘘八百を喋ってる感じじゃない。

「お前もやるんやったら紹介したるわ」

さすがにね、ここまで先輩が言ってるのに嘘はあり得ない。いや、紹介したる、とまで言ってくれてるんだから、そのアルバイトをやるかどうかはさておいて、とにかく面接に行って、本当にそんなアルバイトがあるのかこの目で確かめよう!


◆ ギャラ付きの健康診断

ここまでわかりやすくするために「新薬の人体実験」と書いたけど、まァ、一般には「治験」と呼ばれています。
だから以降は治験と書くことにする。

実際、新型コロナのワクチン&治療薬の開発を早急にやらなきゃいけない昨今、治験の大切さとその危険性は社会問題になりつつあります。
治験の役割はあくまで「大多数の人にとっての新薬の安全性」であって、特殊な持病を抱えておられる方や後期高齢者、さらに未就学児などはどうしても「大多数」から外さなきゃいけない。最終的にはそれらの人が服用出来るかどうかの治験も必要なのですが、今回の新型コロナのような「可能な限り早く」を求められる場合はともかく、通常の、とくにジェネリック医薬品の場合なんかは「極力健康な人」が治験の対象になるのです。

だから、当然、誰でも治験のアルバイトが出来るわけではない。まずはかなり精密な健康診断を受けて、問題がないとなればやっとアルバイトが可能になる、という寸法です。

アタシは治験を行っている施設に初めて行ったのは1990年代の半ばだったと思う。
と言っても別に面接をするわけではない。もちろん、先ほど書いた健康診断です。
たっぷり一時間は健康診断をする。んでさらに30分ほど待たされて結果が返ってくるわけです。
結局アタシはこれを延べ10回以上は行なったんだけど、何でそんないっぱい健康診断をやったかというと、早い話が健康診断の段階で弾かれていたのです。
言われることはいつも一緒。

「うーん、やっぱり、今回も白血球の数がかなり多いねぇ。これじゃあ、ちょっと無理かな」

白血球が多いと何が問題なのか。ざっくり検索したところ「がんや白血病の疑いがある」ってことなんだけど、それは異常に多い場合の話でしてアタシはそこまでじゃない。
それでも、この程度でも「極力健康な人」からは外れるらしい。
とにかく、では具体的に白血球を減らす方法もわからず(せいぜい規則正しい生活をする、くらいしか言われない)、何度も何度も同じ理由で落とされ続けたのです。
普通なら、これだけ落とされたら嫌になるんですよ。でも何しろここは普通のバイトとは違う。健康診断を受けただけで謝礼がもらえるんです。

謝礼ったって5千円とかその程度ですよ。でもとくにやることもない日はあるわけで、ならば「健康診断を兼ねてコガネでも貰いにいくか」となってね、2、3ヶ月に一度ほどの割合で健康診断代わりに行くようになったという。


◆ ついに、その日は来た!

途中からは治験とかどうでもよくなってね、風邪をひいたわけじゃないんだけど何となくダルいなぁ、なんてことになったら治験の健康診断っつーか健康チェックしに行ってた。

当然治療をしてくれるわけじゃないんだけど、重篤な病気ならちゃんと教えてくれるわけで、しかもコトがコトだからメチャクチャ精密にやってくれる。
アタシもその後、会社の健康診断とか受けたけど、全部手遊びみたいなもんで、一回「視力4.0」になってたことさえあったから。あれは笑ったなぁ。ワシゃサンコンか。

こんな感じで健康診断目的で治験の施設に通ってたんだけど、ある日「あ、白血球が改善されてるね。これなら入れるよ」ってことになった。初めて検査に行ってから一年ほど経った頃のことです。
正直、何で改善されたか、いまだにわからない。別に頑張って規則正しい生活をやってたわけじゃなかったし。それでも、入れるからにはやっぱ入りたい。カネもあるけど、何より大きかったのは、この施設が「ものすごくちゃんとしたところ」だってわかってたから。そりゃあ、これだけ通えば、いい加減なところかちゃんとしたところかはわかるよ。

やっぱね、言っても治験は怖いんですよ。それはどうしようもないっつーか、リスクは避けられないんだけど、だからこそいい加減なところで治験なんかやりたくない。つまりはリスクヘッジです。ゼロは無理だけど、極力ゼロに近ければ、やってもいいと。それほどカネの魅力は大きいからね。

さて、治験というと、そのギャランティーの高さが一番の魅力です。
しかしこれは聞いてみれば納得で、危険性が高いから高いギャランティーが支払われるってことじゃない。
治験の間は、いわば入院(ま、入所、ですけど)ってことになるので、その施設で寝泊まりすることになります。
いわば24時間監視というか、自由はない。ということはつまり、ギャランティーも24時間分支払われるってことになる。
これならたとえ時給換算で千円でも24時間勤務なんだから2万4千円になるって計算なのです。

と言ってもね、24時間何かしらことをしなきゃならないということはない。てかそんな不健康なことをしたら正しいデータが取れないので、バッチリ睡眠は取れる。
では起きている時は、というと、基本的には遊んでていい。漫画を読むのも良し、ゲームに興じるのも良し、アエバサラニヨシ(←関係ナシ)

ま、何しろ1990年代半ばの話なのでね、スマホはおろかケータイさえ持ってる人は稀だったから、それはどうだったんだろ。んで今はどうなんだろ。
アタシらの頃は基本的に外部との接触は一切不可能で、公衆電話で電話さえダメだったように憶えています。だからおそらくスマホっつーかインターネットもダメなんでしょうな。

もちろん「治験らしいイベント」もあって、一番は採血です。
これはさすがに少々面倒で、一時間に一回は摂られる。ま、そのための治験なんだから。
でもこの時、もういいよってくらい採血っつーか注射されたから、ああもう、看護師の上手い下手でこんなに痛さが変わるのかってのが嫌ってほどわかった。
上手い人にやられるとマジで「プスッ、スッ」って感じなのに、下手な人だと「ブスッ、ズブズブ!」って感じでメチャクチャ痛い。
こう言っちゃナンだけど、やっぱりベテランは上手くて若い人は下手だった。

だからいまだに、採血の時は、たとえどれだけ美しくても若い女性看護師だとガッカリで、貫禄十分のベテラン看護師だとガッツポーズなんです。


◆ 両さん治験で大ブームの巻

先ほど「暇な時は漫画でも読んでればいい」みたいに書きましたが、わざわざ漫画本を持ち込まなくても、この治験施設には相当数の漫画が設備されていました。

中でも人気があったのは「こちら葛飾区亀有公園前派出所」でして、何しろ治験は長いからね、巻数が多いに越したことはないんだけど、こち亀はこの時点ですでに99巻まで刊行されており、一話完結だから途中で採血が入っても問題がない。というね、まことに相応しい作品だったんです。
実はこの時まで、ちゃんとした形でこち亀を読んだことがなかった。何しろ大正義時代のジャンプに連載されてたからポツポツとは読んでたんですよ。でもこうやってまとめて読むのは初めてだったのですが「何だ、こんなに面白いのか!」と感動したんですよ。

たまたま友人も同じタイミングで入所しており、話は自然とこち亀のことになる。

「そういえば、こち亀、アニメになるんだってな」

「両さんの声、ラサール石井らしいぞ」

「まったく想像出来んよな」

「オレは千葉繁にやって欲しかったのに」

友人は「もし両さんの声が千葉繁ならば」というモノマネをした。アタシはひっくり返って笑ったんだけど、笑ってるだけなのも悔しいので、こう混ぜっ返した。

「いや千葉繁はない。だって両さん、メガネかけてないもん」

この「千葉繁と言えばメガネをかけたキャラクター」という前提のジョークがどれほどの人がわかってもらえるか。まァいいや。


◆ 狂い咲きこち亀ロード

またタイミングが悪く、というか信じられないレベルのタイミングの良さというか、何と入所中にアニメのこち亀の放送が開始されたのです。

「いや、思ったより、両さんの声、違和感がなかったな」

「というか、ラサール石井っぽい感じがぜんぜんなかったよな」

なんて、またこち亀の話をしている。
とにかく万事この調子で、アタシが入所中にしていたと言えば、こち亀を読むか、アニメのこち亀を見るか、友人とこち亀の話をするか、<だけ>だったと言ってもいい。
いやもう、さらにぶっちゃけて言えば「治験の思い出」というと、ほとんどこち亀のことしかないんです。つまりこち亀が幹で採血やなんやは枝葉だと。

だからね、もし、もっと詳しく治験の話を聞きたいと思っても無駄です。喋ってもいいけど、ただもう、狂ったようにこち亀のことを語り出すだけだから。もしそれでもよければ。
こんな感じでおしまい。よろしければリアクションお願いします。さらばじゃ!