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ダメ男、金塊を拾う
2003年5月31日。今からおよそ18年ほど前になりますか。
当時、東京でサラリーマンをしていたアタシはいつものように朝起きて、支度をし、8時すぎに家を出ました。
玄関を出ると眼の前にエレベーターホールがあるので、下向きの矢印ボタンを押す。数秒後、11階に到着したエレベーターに乗り込み、さらに数秒後には地上階に着いた。
エレベーターのドアが開いた。さあ出発だ。
しかし、どうも、よし仕事を頑張るぞ、という気分には程遠い。
ふわぁ~、ネみぃ~!
にしても、土曜日だというのに出勤とは。マジでダリぃわ。だいたい営業の○○さんがちゃんとやってくれてたら今日は休めたんだよ。ったく、メンドクサイったらありゃしない。
待ってくれ、ぽんぽこ。もうちょっとだけ続けさせてくれたまえ。
マンションを出て、20メートルほど足を進めただろうか。軽く、コツン、と足に何か当たった。どうせ小石かなんかだと思いながら、ふと、足元を見る。
何だ。小石じゃないじゃん。ただの金塊じゃん。
・・・ン?
き、ん、か、い?
き、き、き、金塊が、花の都大東京のド真ん中に落ちてる?んなアホな。あ、あり得ない。
・・・うーむ、間違いない。これが金塊ではなく何なのだ!!!
◆ どうりゃ、いいの?ねぇ、オオヌキさんったらオオヌキさん!
まんまる目玉で、周りをキョロキョロ、見渡す。うん、誰もいない。よし!
右手で金塊を拾い、サッとカバンにしまい込んだ。
とにかく、ドキドキが止まらない。とりあえず、持ち去ったものの、これからどうすりゃいいんだ。いや、まずは、仕事に行かなきゃ。すべてはそれからだ。
最寄り駅である水天宮前駅から半蔵門線で大手町駅まで行き、そこから丸ノ内線に乗り換える。
さすがに土曜日だけあって、空いている。空いてる席に深く身を降ろした。
ほんの少し冷静になってきた。
今日は土曜日だ。どうせ営業の○○さんの分しか仕事はないんだから、たいした仕事量はないはずだ。
つまりどうせ暇なんだから、職場に行ってからゆっくり考えよう。
職場に着くなり、トイレの個室にかけ込んだ。もちろん、<大>がしたかったわけではない。
カバンをそっと、開けてみる。うん、間違いなく、金塊、というか、金の延棒以外の何物でもない。
しかし、なぁ。何も考えずに拾ってはみたものの、これ、どうすりゃいいのさ。このまま拝借?いやいや、5円10円ならともかく、こんなものを拝借したら確実にお縄案件だ。
というかさ、みんな、こんなものを拾ったらどうするんだ。途方に暮れるのは当たり前だよな。
ふと「オオヌキさん」という名前が頭をよぎった。ああ、オオヌキさん、か。あの人、あの時いったいどんな心境だったんだろうな・・・。
さすがに面倒になったんで、ここいらで文体を元に戻します。
オオヌキさん。おそらくアラフィフくらいの方ならご記憶がある方も多いと思いますが、アタシが金塊を拾う20年ちょっと前、東京は銀座の道路脇で、現ナマで「一億円を拾った」という人物が現れた。その人物こそ、オオヌキさんです。
にしても「道路脇」で「一億円拾った」ってのは、ここ掘れワンワンじゃないけど何とも夢のある話です。
いやね、犯人っつーか、落とし主が誰かとかはぜんぜん興味を惹かないんです。んなもんオモテに出せない現金なんか、いくらでもあるだろうから。
それよりも当時から「拾った側の心理」に興味があった。あったんだけど、当時小学6年生だったアタシは、まさか「似たような心理状態」になることになるなんて想像もつかない。
オオヌキさん、まず、どうやって気持ちを落ち着かせたんですか?つか落ち着かせるなんて、出来るの?一億円も拾っておいて!
おォしえェてェよ~!
◆ 話は横っちょへ逸れる
てなわけで、ちょっとばかし本題と関係のないことを書いてみます。
くわしくはそのうち書くつもりですが、アタシはコラムニストの泉麻人のファンです。
思えばこの人のファン歴も長い。何しろ高校の頃からですからね。
どうしても、一度、ナマでご本尊を見たい、と思って2018年にはトークショーにさえ出かけたことがあるくらいです。
泉麻人のコラムの魅力をひと言で語るのは難しい。もちろんたしかな文章力があるのは当然として、アタシは「1950年代半ばに東京で生まれたこと自体が天才」だと思っているのです。
に加えて、この人慶應だからね。これだけ百点満点の経歴に「独自のナナメ目線」(こ当人は自嘲気味に<隅っこ発掘病>としている)まで有しているんだから、もうアンタ、卑怯だよ、と言いたいくらいなのです。
数多い泉麻人の著作の中でもお気に入りなのが「B級ニュース図鑑」で、新聞の縮刷版を片っ端からめくり、けして後年になって話題になるわけもないような小さい、しかしユニークな事件を紙面から拾い上げている。
マニアックになりすぎず、事件そのものへの深入りもせず、また<まつわる>個人的思い出話に偏ることもなく、でも無味無臭にならずに時代が表出した事件を抜き出しているのは驚異的です。
「B級ニュース図鑑」で取り上げられているのは、全部小さい事件ですが<オオヌキさん>が登場する「一億円拾得事件」も入っています。
この本によると「ジョギング」という言葉が一般的になったのは、オオヌキさんの影響らしい。
一億円を拾って半年後、トレパン姿でジョギングに行く「フリ」をしたオオヌキさん、ひと気がないことを見計らってタクシーに乗り込み、警察へ出向いて一億円の小切手を受け取った、というね。
その後、落とし主が現れなかったために、一億円全額オオヌキさんのものになったんだけど、しかし実際に一億円を手にしてみて、オオヌキさんはどんな気分だったんだろ(警察からの受け取りは現ナマじゃなくて小切手とはいえ)。
オオヌキさん、その後は半分タレントのようになりテレビに引っ張りだこになりました。(一億円拾っただけなのに!)
だから、もしかしたら一億円が自分のものになった時の心境もテレビで語ってたかもしれないけど、まったく憶えてないや。
◆ キョトキョト(ギシンアンキを飲んだわけじゃない)
ま、アタシが拾ったのは一億円ではない。金の延棒の価値がいくらかはわからないけど、いくら多めに見積もっても一億円まではいかないわけで。
にしても、拝借はマズいのは当然として、このまま警察へ行って「金の延棒を拾いました」なんて言っていいものか。変なふうに話が転がって、エラい目に合うんじゃないか。つまりは犯罪を疑われるんじゃないか。
いつまでもトイレの個室を占領するわけにもいかない。そろそろ、出なきゃ。
自分のデスクに戻る。んで、PowerMacG4の電源を入れる。いつも通りのルーティーンです。(念押ししておくけど2003年の話です)
Macが起動すると即座にインターネットエキスプローラーを立ち上げ「金の延棒 価格」で検索をかけた。
そ、そっか
だいたい600マンくらいか
な、なんだよ、た、たった600マンかよ
た、た、たいしたこと
ねーじゃ、ねーか・・・
土曜日だから出社している人数自体は平日よりは少ない。とはいえ上司もいるし、同じデザイン課の部下もいる。
アタシは部下に話しかけた。
しっかし、お互い、土曜日だってのに出勤ってな。どうも気が抜けていけないよなァ~
はい!ウソ!!
今、アナタ、大ウソをついた!!
なーにが「気が抜ける」だ
今にも胸が張り裂けそうなくらい緊張感いっぱいなのに
その証拠に、話しかけた部下の方なんか見ず
Macのモニタにすら目をやらず
視線はずっと、ブツが入ったカバンに釘付けじゃないか!
・・・ダメだ。心臓バクバクが止まらない。
◆ それとなく、なにげなく、それとなく
さすがに限界が近づいてきた。これ以上、こんな問題を抱えたまま、仕事なんか出来るわけがない。
こうなったら誰かに相談するしかない。
ただし、さすがに、ストレートに今の状況を説明出来ない。遠回しに、それとなく、もし、こんな状況になったらどうしますか?みたいな仕方話というか冗談混じりの話にするしかないわけです。
アタシは会社の上司に、それとなく雑談をはじめた。ま、暇な土曜日なので上司も暇そうにしてたし、流れとしては自然です。
オオヌキさんって憶えてますか?
「ああ、一億円拾った人だろ?」
もし、もしですよ?一億円拾ったらどうしますか?
「うーん、そりゃあ、最終的には警察に届けるだろうけど、ただ」
ただ?
「まずは紙幣がホンモノかどうかを確かめたいわな。ニセモノだったらカッコ悪いし」
ああ・・・、ニセモノなんて可能もあるのか。まったく思考から抜け落ちてたわ。
こうなりゃ、やることはひとつ。専門家に真贋を鑑定してもらうしかない。
アタシは暇なのをいいことに、上司に上手いことをいって会社を抜け出した。もちろん例のブツが入ったカバンを持って、です。
たしか・・・、ちょっと行ったところに貴金属の買取をやってくれる質屋があったはずだ。そこに持っていこう。
アタシは暴漢に襲われることもなく、無事に質屋に着いた。いや正直、殴られたりするのは嫌だけど、カバンごと引ったくられた方が問題が解決するんじゃね?とさえ思っていた。いたんどけど、着いちゃったものはしょうがない。中に入るしかない。
あ、あの、これ、鑑定してもらえませんか?
「ああ、ちょっと待ってね」
アタシは質屋のオッサンに金の延棒を差し出した。
いよいよです。のるかそるか。
答えには5秒もかからなかった。
「メッキだね」
メ、メッキ!?その手があったか!どの手だ。
でも何で、5秒もかからずメッキってわかったんだ?
「ほれ、ここにK24GPと書いてあるだろ。K24ってのは純金ってことだ。だけれどもその後につく「GP」、これはゴールドプレーテッド、つまりメッキってことってわけ」
ああ、番号を見れば一目瞭然だったのね。普段貴金属に興味がないアタシは、そんな基本的なことにすら気がつかなかった・・・。
で、でも!メッキとはいえ純金が使われているんだし!とかすかなノゾミをかけて、聞いてみた。
あ、あの、ちなみに、もし買い取っていただくとするなら、おいくらほどで・・・
「ま、5、600円ってところだね」
・・・何とまあ。
ほんの一時間二時間ほど前まで600マンと思っていたものが、一瞬にして10000分の1になった。
にしても、あれだけ今日一日のアタシのリズムを狂わせた金塊が、ワンコインだったとは・・・。
◆ 金塊をォ 拾ォったらァ 女学校建てて~(涙)
んなこと、わかんねぇだろ!現にオオヌキさんも銀座で一億円拾ったじゃねーか。
いやせめてさ、期待くらいはしてもバチは当たんめぇ。「一等宝くじに当たる!」とか「競馬で超大穴を取る!」とか、そんなのことに期待するのが庶民の醍醐味だろ?ぽんぽこ。
うん、どっちも、ここ30年くらい買ってないわ。買わなきゃ当たらぬナントヤラ、とは言うけど、当たり券を拾うかもしれないからね!
こんな感じでおしまい。よろしければリアクションお願いします。さらばじゃ!