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第9章「内ゲバ事件の真相」-6

 並木は黙って皆川を見つめた。その沈黙の時間がどの程度続いたのであろうか。2人は言葉を交わすことなく、無音の空気が2人の間を行き来するのが聞こえる程の静寂な時間だった。
「通報しないんですか?」
 並木は沈黙を破るように皆川に問い掛けると、皆川はゆっくりと身体を起こし、
「私も警察官だったので少しは犯罪捜査の知識はあるんだが、2つの事件を殺人として立件できるとは思えないんだがね。今の科学捜査の力をもってすれば1つや2つ証拠は出て来るだろうが、それで公判が維持できるとは思えんが。君はどう思う?」
「……」
「それにだ。県警の上層部が子供のいたことを隠した上で、施設に預けていたことが発覚すれば、困る人も多いんじゃないか? さすがに『時代が時代だった』では済まされないだろう。そうじゃないか?」
「では……」
「勘違いして欲しくないんだが、君のことを正当化するつもりはない。私は警察官として立件できるのかという問題について話をしているんだ。私個人の感情を問われれば……」
 皆川はそこまで言うと一度大きく深呼吸し、
「人は墓場まで持って行く話があるというが、その内容が少し変わっただけだ。私もそう長くはない。孫の幸せを語るつもりはないが、何もできなかった人間が偽善者を気取るのも許されないと思っているよ」
 と言うと皆川は改めて並木に正対し、
「君はこの業を生涯背負っていく自信はあるのか?」
 と質問した。並木は皆川の目を見ながらしばらく考えると、
「業ですか……。難しいですね。ただ1つ分かったことは、先にここへ来ていたら結果は違っていた。そしてその結果は、私が望むものではなかったような気がしています」
 と言葉を選びながらゆっくりと答えた。その答えを聞いた皆川は何度か黙って頷くと、
「文乃には今度君を連れて遊びに来るように伝えてある。その時は酒でも飲もうじゃないか」
 と言って話を終えた。席を立った皆川の背中越しに並木は、
「なぜ、皆川さんは私を訪ねてきてくれなかったのでしょうか? やはりその時の約束ですか?」
 とこれまで存在を隠してきた理由を改めて尋ねた。皆川は立ち止まりながらも振り返ることなく、
「陽一さんとの約束は君が想像している以上に重たいものだった。そう言う意味ではこうやって会えるとは思ってもいなかったがね」
 とだけ答えた。この言葉を最後に皆川の家をあとにしたが並木はある確信を摑んだ。
 それは皆川が「会えるとは思わなかった」と口にしたことだった。つまりは康之が暗号を残したことも、そしてその暗号が皆川を意味していたことも知らなかったということである。そこには皆川にも語ることのできない何らかの陰の部分があり、それを康之は伝えようとしていたのではないかと考えた。だがそれは本人に確認できる話ではなく、仮に尋ねても誤魔化されて終わる話に思えた。

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本郷矢吹
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