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第7章「立証の苦悩」-6
翌日佐藤と𠮷良の2人は目撃者のところへ向かった。目撃者は川越市内にある配送業者のトラック運転手で、上江橋で警察官が現場検証をしているのを見たので上司に相談すると、
「念のため通報した方がいいのではないか」
ということで通報したという。
話によると橋を渡った時刻は110番通報があった時刻と同じ9月28日午前1時50分頃で、川越方向からさいたま市方向にふらふらと歩いていた男を目撃した。目撃者の運転するトラックは男とすれ違うように走行していたため、その様子はトラックのドライブレコーダーにも映っているのではないかということだった。
映像を確認すると顔は傘で確認できなかったが、植田と同じ服装の男だった。男は何度も橋の欄干にぶつかっては立ち止まっていたことから、映像を見る限りでは誤って転落しても何ら不思議ではなかった。映像を確認した2人はトラックの運転手が110番通報したかを尋ねると、
「私はしていません」
というので当日の通報者ではなかった。しかし映像には植田と思われる人物以外に誰も映っていないことから事件性を完全に打ち消すことができた。そして血液鑑定の結果も睡眠導入剤や筋肉弛緩剤などの薬品反応はなく、血中アルコール濃度は3.6と泥酔状態だったことが分かった。アルコールの血中濃度が3.5を超えると死の危険性があると言われている。それを考えれば相当泥酔していたのは間違いなかった。
配送業者への聞き込みを終えた2人は川口中央警察署へ戻るよう指示され、並木たち全員が会議室で待っていると刑事課長が入って来た。刑事課長は、
「いつも寄ろうと思っていたんだが、時間がなくてすまんな。溺死の件ではみんなが協力してくれたおかげで無事解決ができた。忙しい中、本当にありがとう」
と挨拶した。6人は労いの言葉に頭を下げると浅見は、
「結論は上江橋からの転落事故ということになったのでしょうか?」
と質問した。
「検視の方も事故死で問題はないだろうと判断した」
と前置きして、この事故の総括的な説明を始めた。
植田の自宅は埼玉県さいたま市西区宝来という場所で転落場所は自宅への帰宅方向と一致していた。酔って駅を乗り越した植田は南古谷駅でタクシーに乗ろうとしたが、22時の深夜料金帯になるとタクシーは大宮駅や川越駅など近隣のターミナル駅に移動するためタクシーに乗車できなかった。
歩いて帰宅することになった植田は上江橋を渡っていたところ、誤って橋の欄干を越えて転落してしまった。この転落時に第3者の姿がないことから自過失で事件性はないと判断した。
ただ落下の目撃や赤羽駅で一緒に飲酒していた人物が特定できていないなど未解明な点もあるが、解剖結果で不審点がなかったことが決め手となったと説明した。
刑事課長は言葉にはしなかったが、一線警察署で次々に発生する事案に遅滞なく対処するためにはすべての疑問点解消は事実上不可能だと言いたかったに違いない。刑事課長は説明を終えると雑談1つすることなく会議室をあとにした。
「本当にお疲れさま」
刑事課長が去った後、静まり返った会議室に並木の声が響いた。転用勤務に不満もあったが、刑事課長に改めて頭を下げられると、文句を言っていた自分たちの胸が痛んだ。こうして次の日からタクシーの強盗殺人事件の捜査が再開した。
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