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第7章「立証の苦悩」-5
「そうだったのか……。だが顔で確認が取れなくてもスイカの記録が残っているなら問題はないだろう。ただ合流した男が誰なのかは潰しておきたいな」
小山は今までの捜査状況を簡単に説明すると、形だけでも男の特定だけはしたいと話した。すると𠮷良は映像を見ていないため、
「一緒にいた人物は知り合いなんでしょうか?」
と質問した。
「映像の感じでは知り合いだろうな。合流して少し立ち話をした後に、一緒に飲みに行っているから知り合いで間違いないだろう」
小山は映像で感じた印象を2人に説明した。だが佐藤は小山の説明の中で「所持品」という言葉に疑問を感じた。赤羽での映像では鞄を持っているが、南古谷の映像では傘以外は手にしていなかった。佐藤は酔って車内に置き忘れた可能性を確認するためすぐに浅見へ連絡した。
「分かった。それはこっちでやっておく。とりあえず1ヵ所くらいは顔が確認できる映像が欲しいところだな」
鞄の件を手配すると接触した男性の確認を求められた。だが駅に設置された防犯カメラと違い、場所によっては映像そのものの解像度が低いため顔が確認できない。防犯カメラの映像確認は顔だけでなく服装や移動に伴う防犯カメラのつなぎ合わせなどで総合的に判断する。したがって顔がはっきり確認するのは簡単なようで実は難しかった。
電車の降車時間を逆算すれば赤羽駅から乗車した時間も推定できる。だが一緒にいた男性が誰で、どこで別れたかくらいは特定したい。だが駅を下りている映像が確認できていることを思えば「戻って来て良いぞ」と言われることを4人が期待していたのも事実だった。
連絡を受けた浅見はすぐに自ら川越駅に連絡した。川越駅は南古谷駅の次の駅で川越線の終着駅でもある。落とし物係に確認してもらうと、車内点検で発見し保管されていた。貴重品などはなく鞄の中に入っていた名刺入れが植田の鞄だという決め手になった。
この鞄の確認を含め並木が刑事課長に報告すると、
「鞄を忘れるくらいだから、相当酔っていたんだな」
と判断はさらに自殺へと傾いた。そして明日解剖によって肺から大量の水が検出されれば事件性は打ち消される。さらに肺から検出された水が荒川の水質と一致し、血液から薬物反応が検出されなければ自殺か、転落による事故死に決まる。
だが自殺なのか、事故死なのかをはっきりさせる必要がある。酔った状況や自殺の動機がないことを踏まえると転落による事故死の可能性が高い。ただ欄干の高さを考えると誤って川に転落するほど低いものではなく、そこも他殺説の根強い根拠になっていた。
しかし自殺でも事故死でも事件性がなければ特命班が補充捜査を支援する必要はない。赤羽にいた小山たちは今日一日の我慢と自分たちに言い聞かせて、防犯カメラの捜査を続けていた。
だが気持ちの中では「自殺なんだから」と思ってはいたが、一緒にいた男性の映像が確認できない。それは一課員としてのプライドを傷付けていた。そして気が付けば時間が経つのも忘れて映像の確認に集中していた。
しかし午後6時を少し回った時、浅見から小山に、
「補佐からの指示で、やはり最後に接触した男を特定して欲しいと刑事課長から指示があったそうです。したがって明日も4人で赤羽駅周辺の防犯カメラの確認をしてもらいたいので、直行直帰でいいとのことです」
と連絡が入った。話を聞いた小山は思わず、
「明日も続けるんですか!」
と捜査先の飲食店内であったのも憚らず思わず声を上げた。小山たちにとっては指示とは言え、2日も続く転用勤務は理不尽極まりないものがあった。だが指示は命令でありこれに逆らうこともできず、小山は他の3人に集合をかけると浅見からの指示を伝えた。
4人は話を聞くなり誰もが収まりかけていた不満を再び露わにした。そんな不満の空気を一新するかのように菅谷が、
「飲食店の開店時間を考えるとこのまま残って確認した方が効率もいいんじゃないですか?」
と提案した。そう言われて冷静になった他の3人は、感情的な判断よりも合理的な判断を優先するべきだと考えた。小山が4人を代表して自分たちの希望を浅見に伝えると、
「分かった。そうしてもらえると助かるよ。ところで俺は終わるまでいた方がいいか?」
と浅見も浅見でどこかやる気のない雰囲気だった。
「気にしないで先に上がってください。待っている必要はないですよ」
「そう言ってもらえると助かるよ。こっちもこっちで板挟みだから精神的に疲れるんだよ」
浅見と連絡をやり取りした小山は他の3人にもう一踏ん張りするよう叱咤(しった)した。3人は気持ちを新たに捜査員としての意地を見せるべく防犯カメラの確認に集中した。だが4人の気持ちが通じることはなく、その後も男性の顔が確認できる映像は見つからなかった。
そして間もなく午後8時になろうという時に浅見から小山に連絡が入った。今日上江橋にパトカーなどが止まって橋の現場検証をしているのを見た目撃者から通報があったという。内容は金曜の夜に橋を酔っ払った男が歩いているのを見たということだった。したがって佐藤と𠮷良は明日、その目撃者のところへ事情聴取に行ってもらいたいという内容だった。
「ということなので、とりあえず明日は全員、会議室に集合してくれ」
浅見は防犯カメラの確認が必要なくなったことを説明した。
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