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第9章「内ゲバ事件の真相」-5
植田は金田が言ったとおりに赤羽で「宝不動産」を営んでいた。ただ店内にある免許を見ると植田の名前ではなかったことから名義を借りているのは直ぐに分かった。植田について最も悩んだのはどのように殺害するかという方法だった。最初は同じように練炭自殺を装うつもりでいたが、植田は車の運転をほとんどしていなかった。そのため殺害方法を考える必要が生じた。
数日植田の行動を確認すると毎日のように飲み歩いていたので、酒に絡んだ事故死を前提に導いた答えが「溺死」だった。それは人生という大海に沈むに相応しい死に方だと考えた。
雨の降る日であれば防犯カメラも傘で映像は判然としない。金曜の雨の日を選び、犯行の前日には荒川へ出向き、荒川の水を自宅へ運んで自宅浴槽に入れた。そして植田に声を掛ける場所、通る道、そして入る店など防犯カメラを確認して当日を迎えた。
傘で姿を隠して植田に偶然を装って近付いた。植田は怪訝そうな表情だったが、客であることを思い出させると態度は急変した。その上お礼に酒席を誘うと疑うことすらせずに居酒屋に付いて来た。そして店で改めて、
「いい物件を紹介してもらえた」
と甘言すると、植田は馬鹿みたいに喜びながら酒をたらふく口にした。そして最後はトイレに行くにも真っ直ぐ歩けないほど酔っていた。ただ自力で歩けないのは目立つため、そのタイミングを見計らって店を出た。
「家まで送っていきますよ」
植田を用意しておいた車に乗せると、さらに強めの酒を飲ませた。並木は飲酒運転など気にしていなかったが、交通事故で犯行が発覚する可能性をおそれて代行を呼んだ。これは賭けでもあったが窮地に追い込まれた時には並木しか乗車していなかった証明になると考えた。
植田は酒で酔い潰れてはいるが騒ぐ心配もあったので、寝袋だけではなく布団でさらに身体を動けないようにした後、ガムテープでは口元に粘着反応が残るためマスクを3重にして声を出せないようにした。完全に身動きの取れなくなった植田だったが念のためカーコンポのボリュームと選曲まで神経を配って代行で自宅まで戻った。
植田を自宅へ運ぶとアルコールの影響で呂律が回らないながらも、
「俺は……、俺は……、金田だ。金田が……悪いんだ」
「助けて……くれよ。……騙され……たんだよ」
と命乞いをしていたが、浴槽に張った荒川の水の中に寝袋ごと沈めると少し動いただけですぐに絶命した。この時にも植田の口にはウィスキーのボトルを咥えさせ、荒川の水とともに少しでも多くのアルコールを飲ませて血中アルコール濃度を高めた。
絶命した植田を浴槽から引き上げてトランクに入れると、並木は植田殺害の偽装工作のために再び川越線の西大宮駅に向かった。並木は1つ手前の駅よりも2つ手前の駅から乗車すれば、ほぼ百%防犯カメラを確認することはないと考えた。そして結果論だが幸いにもこの転落事故を特命班が捜査することになり、並木は意図的に情報操作することも可能になった。
並木は意図的に下車駅を乗り越して網棚に植田の鞄を残し、酔ったふりをしながら改札口を出てさいたま市と川越市の間に架かる上江橋に向かった。酔っ払った演出などは右に左にふらつけばそれらしく映り、また客同士のトラブルに巻き込まれないよう最後に下車した。
駅から橋までの防犯カメラは事前に確認したのでその場所だけ注意し、橋では目撃者がひとりでも多く現れるよう少し時間をかけて歩いた。ただし橋を渡りきったところを目撃されないよう対向車のヘッドライトには注意した。
西大宮駅の駐車場に車を取りに行った後、並木はゆっくりと上江橋付近の河川敷から植田の死体を入水させると帰宅した。植田の遺体は大きなキャリーバッグ内に入れて移動したが荒川の水が車から検出されないようにキャリーバッグ、そしてトランク内にもペット用のトイレシートを何重にも重ねた。
だが唯一の誤算はマダニに嚙まれたことで、荒川の水を汲みに行った時なのか、遺体を入水させた時なのかは分からないが、人気のない雑草が多いところを選んだために起きたことだった。
すべての説明を終えると皆川はゆっくりと息を吐きながら、
「ありがとう……」
と言うと目を閉じてそのままソファに寄りかかり上を向いた。
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