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第7章「立証の苦悩」-3
小山と菅谷の具体的な任務は会社を出た時間とその後の足取りを防犯カメラで確認することだった。
死者の植田は赤羽駅から徒歩5分の「宝不動産」という不動産会社の代表取締役をしていた。代表取締役とはいってもアルバイトの従業員が1人いる程度の個人経営の会社で、アルバイトは植田が不在の時に店番をする程度だった。
アルバイトの話では植田は仕事や人間関係でのトラブルはなく、人から恨みを買っているような話も聞いたことはないという。ただ酒と女が好きで毎晩のように飲み歩くような生活をし、それが原因で離婚していた。したがって埼玉県さいたま市にある実家に母親と2人で生活していたが、飲んで遅くなると会社に泊まることもしばしばあったという。
また酒を誰と飲んでいたのかは知らないが、時々酒席を誘われたが飲むとしつこく、深酒もしばしばだったのでできる限り断っていたという。
仕事は都市開発事業からアパートの賃貸契約まで手広く請け負っていたが、大型の契約を扱うこともなく経営状況は良くも悪くもなかった。ただ稼いだ金は経費を差し引いた以外は飲酒代に使っていたので預金などの蓄えは殆どなかった。
そして飲んで帰る日は事前に母親に連絡しており、自殺した当日は珍しく飲まずに帰宅するものと思っていたところ午後7時過ぎに、
「急に飲むことになったが、遅くはならないと思う」
と連絡していた。
会社の近くの防犯カメラには駅に向かって1人で歩く植田の姿が映っていた。そして途中で男性と合流して一緒に歩き始めたが、降雨で傘を差していたので一緒にいた男がグレーの背広を着ていた以外は一切分からなかった。
そのあと飲食店街に向かったのは確認できたが、防犯カメラで追跡しても2人がどこの店に入ったのかは確認できなかった。防犯カメラの映像を基に時間を確認したところ、不動産会社を出たのが午後6時50分、男と合流したのが午後6時53分だった。そして母親との連絡を踏まえれば男とは偶然に出会い、飲みに行くことになったものと思われた。
一方の佐藤と𠮷良は溺死体が発見された上流に架かる戸田橋、笹目橋、秋ヶ瀬橋などを一本一本確認していた。荒川に架かる橋は下流域のため橋も大きく主要道と繫がり、車道と歩道が分離した交通量の多い橋ばかりだった。この3本の橋も歩いて横断したが、遺書や所持品など植田に繋がるものは一切見つからなかった。
またこれらの橋で喧嘩などのトラブルがなかったか110番の通報状況を確認したところ、午前1時50分に上江橋(かみこうばし)というさいたま市と川越市を結ぶ橋で、
「60歳くらいの男性が、酔ってふらふらと歩いていて危ない」
との内容で通報があった。この橋は植田が住む家からも近く、年齢的にも植田に酷似していた。
通報を受けたパトカーや交番の勤務員が通報のあった付近を捜索したが、酔って歩いている男性を発見することはできなかった。また通報者に目撃状況を再確認しようとしたが通報は非通知の匿名男性で詳細な話を聞くことはできなかった。
110番通報のあった上江橋は国道16号線に架かる橋で、歩行者・自転車専用と車道とが分かれている。しかしこの歩道部分はサイクリングロードとして利用され、歩いて渡っている者はほとんどいない。したがって深夜の時間帯に人が歩いていれば、すぐに分かるくらい往来は少なかった。
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