見出し画像

第8章「暗号の人物」-3

 待ちきれない気持ちで週明けの月曜を迎えた並木は、会議室に誰もいなくなるとすぐに書庫へ向かった。内ゲバ事件の捜査資料の中から現場を撮影した写真が貼られた報告書を一枚一枚、ゆっくりと確認した。白黒のコピーで写真としては見づらかったが、逆に本棚に並べられた本の背表紙を見るには色がない分見やすかった。
 だが本棚に並べられた本を見る限り、違和感を覚えた本は1冊もなかった。違和感がないように装いながらも、メッセージを伝える者に鍵として気付かせるというのは想像以上に難しい。そんな難題ではあったが、
「これだ!」
 と並木は遂に捜査資料の中から本を見付け出した。その本は何度本棚を見てもピンと来ることはなかったが、気が付けば納得できるものだった。その本とは国語辞典だった。
 国語辞典はどの家庭にも一冊はあった。「あった」とは現代社会ではインターネットや電子辞書を使っているが、当時は誰もが国語辞典で調べていた。そしてこの国語辞典を見落としていた理由は置かれていた場所に関係していた。
 国語辞典は子供の隠し部屋の中にタオルに包まれて置かれていた。その状況を見れば「枕」として使っているようにしか見えなかった。そのため全く気が付かなかったが、国語辞典こそが違和感がないようにしながらメッセージを伝えるために準備された鍵だった。
 だが問題は同じ国語辞典が今の時代には存在しないということだった。国語辞典は一定の期間をもって改訂が行われる。つまり今流通しているものは「改訂版」であって、30年以上前の国語辞典と同じものは古本屋でしか置いていない。しかも国語辞典という特性を考えれば古本屋に置いてあるのかも疑わしかった。
 改訂版は文字の位置も変わっているため正しく解読はできない。したがってまずは同じ国語辞典を探す必要があった。しかしインターネットで探しても同じ辞典を見つけることはできず、思い付いたのが国会図書館だった。国会図書館には過去の出版物がすべて保管されている。したがって同じ国語辞典が保管されているはずだった。
 翌10月8日は平日だったが悠長に週末まで待てず、休暇を取って国会図書館を訪れるとやはり同じ国語辞典が保管されていた。並木は焦る気持ちを抑えながら国語辞典を開くと、直ぐにノートに転記した口座番号の数字を国語辞典に当て嵌めた。
 最初に「13ページの7行目、上から8文字目」で探すと「し」というひらがなだった。念のため「13ページの78文字目」も探して見ると「銀」という漢字だった。並木は2通りの方法を試しながら「13と78の組み合わせである可能性は低いな。13ページの7行目の8文字目だとすると、ひらがなでは6文字になるのか。まずはこの方法で調べて見るか……」と独り言を呟きながら次の数字を当て嵌めた。
 2つ目の文字、3つ目の文字まで調べると並木は大きなため息をついた。3つの文字を並べても「し・あ・し」となって言葉にならない。念のため4文字目も確認したがやはり言葉にならなかった。解読方法が違っているのか、鍵となる本が違っているのか。だが鍵が国語辞典であるという自信はあった。
 次に「13と78」という2桁ずつで試してみたが「銀」、次の文字は「敬」だった。そして今度は数字を反対側から、つまり「31と87」として組み合わせてみた。だがやはりこれも言葉にならなかった。
 並木は考えるのではなくすべての組み合わせを機械的に試し始めた。「1ページ目の378文字目」、「13ページの78文字目」と数字を次々と当て嵌めてみた。すると「137ページの8文字目」は「皆」という漢字だったが、2文字目は「警」という文字だった。
 「皆・警」は繫がらないが、「警」という文字を見た瞬間「警察」という文字が脳裏に浮かんだ。そして最初の3桁がページ、1桁が文字数だと感じるとともに、「この暗号はバラバラの文字を最後に並び替えるようになっている」ことが分かった。

いいなと思ったら応援しよう!

本郷矢吹
 みなさんのサポートが活動の支えとなり、また活動を続けることができますので、どうぞよろしくお願いいたします!