【一般向け】保険診療での心理検査の闇
他職種の専門家から、「心理検査に興味がある」「心理検査をやってみたい」と言われたので、「当研究室で実施するなら、数万円かかるよ」と紹介したところ、高い! と言われてしまった。
「数万円かかる」という、そこだけピックアップすると確かに高い。私もそう思う。しかし、本当に心理検査はお高いのだろうか。なぜ、こんなにも高額になるのだろうか。あるいは、実は適正な金額なのだろうか。
ちなみに、保険診療の中で心理検査を実施した場合、後述の通り、検査だけの代金は4,500円が目安になる。そう考えると、数万円かかるというのは意味不明なぼったくりである。が、果たして本当にそうなのか。
まずは医療機関における心理検査の診療報酬について概観したい。ちなみに、診療報酬とは、保険診療の際に医療行為等の対価として計算される報酬を指す。
20年変わっていない状況
これは約20年前の資料だが、現在も状況が大きく変わったとは言い難い。
心理の診療報酬
心理検査は、その操作の複雑さ(区分)と、測定する内容(請求領域)から分類される。容易なものは80点、複雑なものは280点、極めて複雑なものは450点の診療報酬点数がつく。1点10円なので、例えば、容易な心理検査を実施したら、800円になるということである。
テストバッテリーとは、心理検査の組み合わせのことである。必要な情報を得るために色々な検査を組み合わせて、10時間の労働で4400円、つまり、時給440円。これでは、治療的アセスメントの実施どころか、伝統的アセスメントの実施さえ経済的に成立していない。そして驚くべきことに、診療報酬の改定は何度も行われているのにも関わらず、20年前と状況は変わっていない。
※治療的アセスメントについては、こちらの記事をご覧ください。
平林・稲木(2002)では、10時間の労働例が挙げられていたが、それは標準的な方法で心理検査を実施した場合のことである。治療的アセスメントを実施するとしたら、15時間、20時間、あるいはそれ以上の労働になるだろう。
上記の記事では、治療的アセスメントの紹介と、伝統的アセスメントの批判を述べているが、これまで見てきた診療報酬の制度を鑑みると、丁寧で役に立つ心理検査が行われていない現状は無理もない。経済的に破綻しているからだ。
もし、治療的アセスメントや協働的アセスメントが医療機関で行われているとしたら、それはその機関や医師・心理職の努力と工夫と犠牲があるに違いない。
診療報酬の2つの問題点
なぜ、こんなにも診療報酬が安くなってしまうのか。ここには、制度上の2つの問題点がある。
1つ目は、「同一日に複数の検査を行った場合であっても、主たるもの1種類のみの所定点数により算定する」というルールである。
例えば、MMPIとSCTとロールシャッハテストを実施したとする。これらの検査は、どれも「人格検査」のカテゴリに含まれる検査である。MMPIとSCTは「操作が複雑」な検査、ロールシャッハテストは「操作と処理が極めて複雑なもの」となっている。前者は280点、後者は450点であるため、本来なら1010点のはずが、450点になってしまう。
同じ「人格検査」とは言え、測定しているものはまったく異なるのに、どうして主たるもの1種類のみの点数なのか。普通に考えて意味が分からないが、なぜかこの制度がまかり通っている。
2つ目は、そもそもの報酬が少なすぎる問題である。「操作が容易」な検査は40分以上、「操作が複雑」な検査は1時間以上、「操作と処理が極めて複雑」な検査は1時間30分以上要するもの、と分類されている。この時間は、検査実施の時間ではない。検査の実施およびその結果処理(分析と解釈、報告文書作成)の所要時間である。
ロールシャッハテストの所要時間は人によって異なるが、だいたい90-120分かかると思っておくとよいだろう。仮に、その分析に1時間、解釈に1時間、報告文書作成に1時間かかったとしたら……。そうして得られる報酬は、4,500円。
このような状況で、まともにきちんと検査を実施出来ているのだろうか。出来ているのだとしたら、医療機関の心理職の方々には、本当に頭が下がる。
以上より、医療機関において保険診療として心理検査を実施した場合は、激安で実施出来ることがお分かりいただけただろう。ただし、その代償として、当該医療機関が、医師が、心理職が、あるいは受検者が、経済的破綻のしわ寄せをくらっている。