PPP的関心【官民間の活動における適切な「リスクとリターンの設計」があったか?】
PPP(PFI)導入検討は『民間でできることは、できるだけ民間に委ねる』という原則(日本版 PPP 研究会,経済産業省・経済産業研究所,2002年)のもとで行われるものです。
加えて、PPPによる取り組みを実行する際には、官民間の活動における「リスクとリターンの設計」と「契約によるガバナンス」という原則が用いられます。
「リスクとリターンの設計」がなされているとは、官民間の活動の中で生じうるリスクの想定とリスクに対して最も適切に対応・対処できる役割分担がなされているか、そしてリスクへの対応・対処に見合った利益が与えられているか、について事前に分析・検討されているという意味です。
「契約によるガバナンス」がなされているとは、官民間の活動に際して分担した役割の責任や義務、それらを果たした時の報酬や、果たせなかった時のペナルティ等を官民相互で共有、明示されているという意味です。
今回は、これらPPPの原則を踏まえた「視点」で、大阪市の水道管管路更新事業のコンセッションに関わるニュースから考えたことを書いてみます。
大阪市の水道管更新事業のPPP
リンクの記事は2020年1月末のニュースです。
老朽化した水道管の交換業務と工業用水事業を民営化する方針を決めた。
市が水道設備を保有したまま、運営権を民間事業者に移譲する「コンセッション方式」を導入
都市化の進展に伴って集中的に整備されたインフラは、その更新時期も集中的に訪れる一方で、社会構造(人口、世帯数、世帯構成等)の変化によって需要の縮小が顕在化し、また行政による直接の人材確保も今までどおりには行かなくなる中、インフラ維持の体制や費用の確保が難しくなる中での方針決定だったと考えられます。
不調に終わったコンセッション。理由は「採算が取れない」
政令市で水道管の老朽化が最も進んでいる大阪市で、来年4月を目標に水道管交換事業を民間移譲する計画が頓挫したことがわかった。市の公募に応じた事業者2グループが9月、いずれも採算が取れないとして辞退した。
コンセッション方針の決定時、「民間事業者の裁量による効率的な工事で更新が早く進むとみる。事業費は約10.5%減らせる見通し」があったわけですが、直近のニュース記事にある ”全体の企画調整にかかる費用なども含めて見積もりをした結果、最終的に採算が取れないと判断" されたのは、(「企画調整」が具体に何を指すのか不明ですが)「裁量による効率的な工事」ができないと民間は考えたということです。また(官による)直接事業に比べた費用削減効果(VFM:Value for Money)も10%程度あると官側は見立てていた点も、それでは「採算が取れない」と民間に判断されたわけです。
不調の背景にPPPの原則からのズレはなかったか?
もちろん、行政にとって大きな方針決定なので、民間の意見も全く聞かずに一方的で机上の空論的な議論による方針策定プロセスではなかったはずですが、結果的に不調に終わったのは何故なのでしょうか。
以降の記述はもっぱら想像的な私見です。今回の不調はもしかすると「PPPの原則」をはずしている点があったことによる結果なのではないか、と考えました。
「リスクとリターンの設計」のズレ
運営権を移譲する側の「スケールメリット(規模効果)が生かせる」「VFMは10%程度、民間はより少ない費用で事業を行えるので収益を確保できる」との想定が民間に受け入れられなかったのは、行政だからできていたことを民間が行った際に生じるリスクの予測が仕切れていなかった可能性がありそうです。
例えば、最終的な専門工事業者の発注先選定における費用は、行政であれば「決まり」としての要求ができても、民ー民の取引となった場合、工事品質(納期順守力や技術力などの要望充足水準)の高い取引は高値で契約される可能性という「リスク」は想定されていたか、についてはどうでしょうか。
(*このようなことは想定済みだったかもしれませんが…)
「民間でできることは、できるだけ民間に委ねる」のズレ
今回のコンセッションでは元々市が行っていた管路更新業務全般を民間事業者に譲渡する一方で、市が民間事業者の業務フロー等をチェックすることが盛り込まれていたそうです。
市は計画から施工までモニタリングをし、問題があればやり直しを求める。外部の有識者によるチェック体制も設ける。ICT(情報通信技術)を活用した管理体制も構築する。(冒頭の2020年1月記事)
もちろん、発注者が委託先をチェックすること自体は当たり前のことだと思います。
しかし、例えば、業務フローのチェック項目が「それまで自分たち(行政)が行っていた手順を基準にして設定されている」としたらそれは「民間にできることは民間に」ではなく「行政ができなくなったことを民間に」移しているだけで、効果(施策の成果、便益)を大きくしませんし、効率を高めるものにもなりません(むしろ二重コスト)。
また、従来の手順をもとにしたチェック項目についてICT導入、つまりこれまでの手順の自動化、機械化を行ったとしても、自動化や機械化することによって「これまでの手順を省く」ことまでを想定していなければ、この事業全体の効率は高まりません。
(*実際の議論や設計がどのようなことであったかはわかりませんが…)
従来の当たり前をいかに離れるかが問われる
重要なライフラインである水道事業を民営化するにしても、水道料金を引き上げにくい、さらに総需要の減少で原資である料金収入が拡大しにくい、との見通しの中で水道管路の維持を継続する施策として、この大阪市での不調がコンセッションなどの方法論を否定的に捉えるのは早計だと思います。
ただし、(あくまで想像として書いたような)原則とのズレ、デジタル化を単なる自動化・機械化と考え、DX=「(自動化・機械化で従来のやり方を)トランスフォーム」する施策として取り入れていない、そんなことがあるとすれば、PPPによる推進は実現しにくいものになりそうです。
インフラ問題の解決に向けて「これまでの当たり前を離れる」ことが問われそうです。