コロナ時代の地域社会学とまちづくり #5 研究調査対象の消滅を乗り越えて(その2)
前回(#4 研究調査対象の消滅を乗り越えて(その1))からの続きです。 遠隔時代の社会調査をどう教えるか、調査実習をどうやってゆくかを考えてます。
「コロナ時代」の遠隔授業時代の実践 いかに「他者」を入れ込むか
自家撞着 ここまで自分で書いてしまうと、もはや去年の授業内容をそのまま遠隔授業ですることはできないので、、、、、どうしようかと考えた挙句、授業に「他者」を入れ込むことをしようと思いつきました。
去年の授業で話したこと
私は、総合科学実践講義Eという2年生以上の選択必修の授業を受け持っています。「地域文化とまちづくり」というテーマで、私が大学院時代からかかわっている滋賀県長浜市の話を昨年はしました。第三セクター株式会社「黒壁」による中心市街地活性化、いわゆる「まちづくり会社」による中心市街地活性化で有名な事例なのですが、地域社会構造的に見てゆくと、長浜曳山祭りという、祇園祭りのような山鉾文化圏にあり、お祭りを担う伝統的なまちづくりの担い手と、ある種、それとは対立する、ガラス文化を事業化した「黒壁」というまちづくり会社を中心とした新しいまちづくりの担い手との間の対立のダイナミズムの中で、民間主導のまちづくりが産み出されているetcといった、院生時代に書いた論文をもとに話をしています(論文は以下からダウンロードできます)。
大学時代から20年以上
私自身、大学3年生の時に初めて、曳山まつりの子供歌舞伎をみて感動して、卒論で子ども歌舞伎(伝統的なまちづくりの担い手)を取り上げて、それ以来、長浜に通うようになりました。大学院の博士課程に進学してからは、地方の中心市街地の活性化研究をテーマにして、伝統的なまちづくりの担い手ではなくて、黒壁を中心とした新しいまちづくりの担い手の研究を行ってきました。大学院時代は毎月長浜に滞在して、黒壁の人たちに生活を支えてもらい、「まちづくり役場」という当時任意団体の活動の手伝い(参与観察)をしていました。その後、NPO化して、私も理事の一人として細々ではありますが、今でも活動を続けています。
「観光客」の視点と「地元」の視点
「地域文化」がメインなので、論文ではあまり取り上げてはいないのですが、曳山まつりに関わる伝統的なまちづくりの担い手について授業では話をしています。曳山まつりで演じられる子ども歌舞伎の担い手である「山組(やまぐみ)」が中心です。
本日(ほんび)は4月15日なのですが、まつりの準備は一年中行われていて、儀礼としては4月9日から始まり、、、、大学院時代は4月頭から滞在してまつりの過程をすべて見たりしていましたが、就職すると4月はガイダンスの時期なので数日しか行くことができなくなってしまいました。。。
動画を二つ用意しています。一つは、観光客の視点です。一番華やかな子ども歌舞伎の本日でもある4月15日前後だけ滞在したときの動画です。もう一つは、地域の視点、まつりと共に生きる山組の人たちの視線です。4月前半の子ども歌舞伎の稽古場から参加し、様々な儀礼にも参加し本日を迎え、そのあとのおつかれ会にも参加した年の動画です。二つを見比べてもらい、地域文化とまちづくりについて考えてもらうというか、追体験してもらうことをしていました。
延期により、失われた全ての視点
ただ、今年の曳山まつりはコロナのために延期してしまいました、、、、また、コロナ時代の曳山まつりがどうなるかは不明です。
私自身もどうなるかが知りたく、また、私が昨年までは、曳山まつりと共に生きる人たちの視点から撮ったと思っていたシーンは、多分、今後はできません。思いっきり、「三密」関係なので。
解決策
滋賀県長浜市の曳山まつりにおいて子ども歌舞伎を執行する地縁組織を山組と呼び、市内には12の山組があり、私は、青海山北町組にずっと寄せてもらっていて、青海山の徳島支部を自称しております(冒頭の写真の上段のどこかに私がいます)。
で、もはや「歴史」となった地域文化の話をするのではなく、「今」の地域文化の話をすればいいのではないか。遠隔授業なので、授業時間だけ空けてもらえばいいから、当事者に連絡して、授業に参加してもらい、今の話をしてもらおうと。今の筆頭(若衆で一番偉い人)は、僕が大学院時代に高校生だった中嶋君。僕が、長浜で講演した際、懇親会会場の板前さんでして、今は、自分でお店を持っています。頼んだら来てくれるだろうと思い、メッセンジャーで連絡して、先日、打ち合わせをして、金曜日の授業に遠隔で参加してもらうこととなりました。
私の考える「観光」の視点、「地元」の視線の動画についてコメントをもらい、また、今後のまつりをどのようにしてゆこうと考えてゆくのかを聞いてゆこうと考えています。
「コロナ時代」の遠隔授業の手法
多分、僕一人で授業をしてはダメ。自分以外の「他者」を入れる。それで、彼らとの対話を見せてゆく、、、討議民主主義的授業? 一時、相手を否定しないワールドカフェとかも流行りましたが、、、、、いずれにせよ、空間的制限がなくなり、移動時間もいらない、真のネットワーク社会が実現したコロナ時代の遠隔授業なので、出来る限り、自分が授業で話す内容に関して、現在進行形で関わっている人に参加してもらい、意見を交換してゆくことがすべきことなのではないかと。
対話、クロストークを多用した授業の形式。ZOOMならブレイクアウトセッションを多用して、他者との交流による自己の相対化。そこからの社会関係の構築(昔は「三密」を駆使し社会関係を構築していたがそうではない社会関係、ラポール形成の実践)。コロナ時代の「正解」が分からないので、試行錯誤する作法を身に着けることが重要になってゆくように感じます。
遠隔のライブの授業で、今までの授業のような講義はしない。今までのような授業をしたいなら、オンデマンドでするか、課題図書を与えて読んでもらう。
ライブの遠隔授業をするなら「他者」を一人入れて、対話をすることで、授業自体が、実は「コロナ時代」の新しい生活様式、日常生活に対しての社会調査の実践となってゆくのではないかとと思った次第です。
思いつきできでやってみた授業がどうなったかは、次回、報告します。