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先生、元気出して(在宅医療・看取り)

 先生と一緒に働きたい。
 こんな私のもとに望んで来てくれた方がいた。

 まるで優しさがふんわりと集まってできているような人。
 診察室を出て行く患者さんが面と向かって彼女に言っていた。

「あんた、ほんとにいい看護師さんだなあ・・」

 そう、誰もが認める、私には勿体ないほどのいい看護師だった。
 私が往診で疲れているように見えたのか、アリナミンVを買ってきてくれた。

「ほら、先生。これ飲んで元気出して」

 そんな彼女に病魔が襲いかかる。

「みんなに迷惑をかけるから仕事を辞めます」
「働くことができないほどの状況ならいざしらず、病気だからという理由だけで辞めさせる訳にはいかない」

 私は簡単に辞表を受け取らなかった。

「ここにいてもいいのですか?」
 ちょっと嬉しそうに言った彼女は言った。

 落ち着いた時間は長くは続かず、やがて治療に専念することになり入院。

 その苦しい治療中も案ずる私に「大丈夫、私きっと元気になります」
 いつもそんな言葉が返ってきた。

 いろいろな治療でも病気を押さえ込むことは叶わず、ある日、入院中の病院から在宅での担当の依頼が来た。

 恐れていた日がついに来た。
 絶対に担当したくないという思いと、自分以外の誰が彼女を担当するのだという思い。
 逃げるなと自分に言い聞かせ、担当を受けることにした。

 在宅医療を開始するにあたり、最初に訪問看護師達に頭を下げた。

「どうか、私を支えて下さい」

 覚悟はしていた。
 でも苦しむ彼女を見ると、心が削られるなんて生やさしいものではなく、心が裂け、ちぎれ続けて元に戻らなくなる気さえした。
 
 それだけ苦しいはずなのに、彼女が小さな声でくれた最後の言葉・・

「先生、ありがとう」

 何でこんな仕事を選んでしまったのか・・看取った後、久しく忘れていた心の声がはっきりと聞こえた。

 それから何年経った今でも、私は往診が終わった後、アリナミンVを飲むのが習慣になっている。
 彼女の言葉を思い出しながら。
 
「ほら、先生。これ飲んで元気出して」

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