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世界で一番恥ずかしい看取り(看取り)

 神経損傷の50歳代の男性。
 手足は麻痺、オシッコも自分では出せない。

 しかも独居のため定期的に導尿(膀胱に管をいれて尿を出す処置)してくれる家族もいない。やむなく留置カテーテル(膀胱に管を入れっぱなしにすること)の状態で退院となった。

 この状態では泌尿器科医が指名されることが少なくない。
 他科の先生方は、正直、尿路管理がお好きではない(私だって特別好きではない)。

 こういった往診依頼は日常茶飯事なのであるが、日常茶飯事ではないことがひとつあった。
 それは、この方のとても素敵な娘さん。

 毎日のようにこの方の家に来て、父親の身の回りのことをテキパキとこなしていた。

 まだ若いのに、父親の介護なんて決して楽しい作業ではないはずなのに、嫌な顔ひとつ見せず、私が往診するといつも明るく笑顔で迎えてくれた。
    
 私はそのお宅を訪問するのが少し楽しみだったのかもしれない。

 ところがそのお宅に予想もしていなかった突然の不幸が舞い降りることになる。

 診療中にかかるその娘さんからの電話。
「朝来たら、お父さんが息してない!」
 
 私は外来診療中にもかかわらず、ためらうことなく答える。
「すぐ、行く」

 そんな時に限って珍しく混んでいた外来患者達を放りっぱなしにして往診車を走らせる。

 到着すると救急車、そして何台かのパトカー。

 対象者が亡くなっていた場合、救急車は搬送してくれず、死因が明らかではない場合、自動的に警察に連絡が行く。

 近くにいる警察官に「担当医です。入っていいですか」と尋ねる。
 警察官は「あ、ちょっと待ってください。検視中ですので責任者に聞いてきます」 
    
 そんなやりとりをしている私を、室内で事情を聞かれている娘さんが窓越しに見つけた。

 すると娘さんは事情聴取そっちのけで玄関から飛び出し、周囲の目などないかのように小走りで私に近づき、そして泣きながら思い切り私の胸に飛び込んだ。

 突然のことにどう対応していいかわからない私は唖然呆然。
 真っ赤・・きっと耳まで真っ赤。

 生まれてこの方、大勢の前で可愛い女性に胸に飛び込まれた経験など皆無(俳優業でもない限り、普通はそうだろ)。しかもよりによって、その大勢とは救急隊員と警察官達なのである。

 何やってんだ、こいつ・・という大勢の視線に射貫かれて、私は何もできないまま、ただ立ち尽くす。 

 今でも思う。
 カッコよく抱きとめて、優しく慰めの言葉くらい口にできなかったのかと。 

 何度生まれ変わったとしても、きっと私には無理な気はするけど・・ 

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