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もう死にます(在宅医療)
決して「世にも不思議な物語」というほどの話ではないのかもしれないが、実際に自分が経験してみるととても不思議に思える話がある。
老人保健施設に勤務していた時、とても人のいいばあちゃんが入所されていた。
にこにこして誰にも愛想がよく、職員との関係も極めて良好であった。
ある年、施設で例年恒例となっているお花見に出かけた時に、満開の桜の木の下で嬉しそうに花を眺めながら、私達に向かって「連れて来てくれて有り難う。もうこれで思い残す事はありません」と言っていた。
その時は何気なく聞き流していたが、それから程なくしてばあちゃんは脳出血で倒れ、一命は取り留めたものの脳に取り返しのつかない障害が残り、その結果、朝から晩まで一日中大声で叫び通しの日が続くという、施設の中でもっともやっかいな療養者の仲間入りとなってしまった。
何をしても、何を話しかけても全く通じず、ただただ叫んでいるだけの日々が続き、施設の他の療養者はもとより、ご近所からも苦情が来るほどであった。
そんな日が何ヶ月か続いたある日、ばあちゃんは突然正気を取り戻し、職員達に「あなた方には長い間、ほんとに世話になりました。死ぬ前にお礼を言わせて」と話し始め、周囲をびっくりさせた。
そしてそれから2日ほどでばあちゃんは本当に亡くなり、職員達をさらに驚かせる結果となったのである。
そうかと思うと、私が往診している百歳を超えるばあちゃん。
往診するたびにいつも「先生、長い間世話になってありがとう。私はもう今晩死にます」と言う。
もうかれこれ2年ほどずっと・・
ばあちゃん、そりゃ言い続ければいつかは当たると思う。
ところがある日、顔つきががらりと変わり、反応もすっかり鈍くなった。
ご家族の方に「さすがに今度は本当に危ないかもしれない」と説明までしたのに、2~3日でむくむくと復活。
そしてまた、「先生、長い間ありがとうよう~」
何度も言うが、人間って本当に不思議だ。