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ボロボロの解剖室(病院時代)
改築前の私達の附属病院はボロボロの建物であった。
あまりにひどかった医局が改修されることになり、その間、一時的に引っ越しをした場所が使われなくなった元病室。
掘っ立て小屋みたいだった元の医局よりはましと思っていたが、そこは何科の病室だったのか内側から鍵がかかってしまい、中に入れなくなってしまった。
医局員が集まって検討の結果、事務所に行って合い鍵を借りてくるといった至極真っ当な意見より、どういう訳か採択されたのは隣の部屋の窓から建物の外に出て壁伝いに移動し、医局の窓から侵入を試みるという作戦であった。
確かここ、二階だったよね。
壁につかまっておそるおそる病院の外壁を移動する若い医局員。
病院の前は有数の交通量、多数の人が行き交う道路である。
そこを通った方々は、二階の壁にはりついてスパイダーマンのように病院の外壁を移動する白衣の人間を、一体何だと思って見ていたのであろう。
今なら抗議の電話が2つ3つ入りそうだが、昔の人はおおらかと言うか無関心だったのか。
おかげで私は教授や病院長からの叱責を免れたのであるが・・
医局なんて別にボロボロでもいいのであるが、ボロボロだとちょっと困る場所があった。
それは解剖室。
廃院となった医療機関がお化け屋敷として改築されたなんてニュースがあったように記憶しているが、私達の大学の解剖室は、わざわざ改築するまでもなくすでにお化け屋敷そのものだった。
地下に降りていくと裸電球が照らす廊下、両側には古い資料が山積みされ、部屋を覗くと石の解剖台。その近くには切り出されてホルマリンにつけ込まれた臓器。
私は解剖自体も嫌いであったが、解剖室はそれに輪をかけて大嫌いであった。
解剖中はまだ病理の医師達がいて賑やかなのだが、終わってしまうと解剖室に取り残されるのは担当医とご遺体だけ。
未だにご遺体が起きあがって暴れたという話は聞かないのであるが、あまり嬉しい状況ではない。
そこに現れたのは死後の処置をするためやって来た卒後間もない若い看護師。
見ると、気の毒なほど顔は真っ白で唇の色もない。
「じゃ、ちょっとご家族に説明してくるから」
「先生、どこに行くんですか! そこにいて下さい!」もう半泣きである。
若い女性から「何処にもいかないで」などと言われる状況は、相当にロマンチックだと思うが、残念ながらここは解剖室。ロマンのロの字もない。
看護師のあまりの取り乱し方に可哀想になって処置を手伝う事になった。
ご遺体が起きあがっても2対1なら勝てるかもしれないし・・。
処置が終わり、ストレッチャーに乗せてご遺体を運びながら、「ご苦労さんだったね」と声をかけて振り向いたところ、後にいるはずの彼女の姿がない。
え? どうなってるんだ?
あまりの緊張感から足元がおろそかになり、けつまずいて床にひっくり返った彼女を発見するまで、さほど時間はかからなかったが。