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搦め手(訪問看護)
この地で診療所を開設し暇を持てあましていた頃、初めて往診の相談が来た。
「毎日、デイサービスに行っているので、先生に来てもらう日がないのです」
私は間髪を入れず「では、夜の診察が終わった後で伺います」と応えていた。
夜の診察が終った 7時過ぎに往診車を走らせながら私は思った。
いつか外来に患者さんが溢れ、山ほどの往診依頼が舞い込むような時が来たとしても、今のこの気持ちだけは絶対に忘れないでおこう。どんな時でも気持ちよく往診の依頼は受けよう・・と。
それから長い時間が経過したが、この間、よほどの遠方でない限り、往診の依頼はすべて受けてきた。
だが、それもいよいよ限界に近づいているのかもしれない。
気持ちよく受けようと思いながらも、身体がついていけない。
そんな状況を何となく察している訪問看護達。
「やぶの無駄遣いはやめよう」と申し合わせているようで、たいして手のかからない患者は他の医師に依頼しているようである。
その結果、とんでもなく大変な患者ばかりが集中するという悪循環。
本日の依頼も話を聞いてみると、今後しばらくは個人的な予定は立てられなくなりそうな大変な患者。
今現在、亡くなりそうな患者だけで野球チームができそうなほど担当しているのに、いくらなんでもこれ以上担当するのは無理かもしれない。
断らないというポリシーに反するが、下手したら自分の身体を壊しかねない。
ここは勇気をもってお断りしようか・・と言う雰囲気を敏感に感じ取った訪問看護達。
突然、
「先生、私達びっくりしちゃった」
「何を?」
「その方の娘さん、原宿とか六本木にいそうなものすごい美人。こんな田舎であんな綺麗な人がいるなんて信じられなかった」
「そうだよね~ まだ会ってないけど、妹さんも負けず劣らず美人なんだって」
仲間内でさんざん盛り上がった後、
「で、先生、いつ往診に行く?」
「か・・火曜日?」
勢いに巻き込まれて返事をしてしまったじゃないか。
とんでもない搦め手で攻めてくるな・・