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レントゲン室の完全犯罪(病院時代)
大学の同級生だった塚原(仮名)が青い顔をして私の元を訪れた。
聞くと数日前から真っ赤な血尿が続いているとのことである。彼の頭の中には血尿を呈して死に至る病名が山ほど渦巻いていることは想像に難くない。
一通りの検査では特に緊急の治療を要するような病気は見あたらなかったのでしばらく様子を見るように勧めたが、相手はなまじっか医学知識が抱負?であるため、そう簡単には引き下がらない。
もっと詳しい検査をするように依頼されてしまった。
以前も述べたかもしれないが、医者は自分の痛みには特に敏感なのである。
彼もその例に漏れず、膀胱鏡をするにあたり完全に痛みがないようにしてほしいと頼まれ、外来ではやらないような脊椎麻酔(サドルブロック)をすることになった。
ところが彼は緊張から、脊椎麻酔の針を刺した直後に「気分が悪い」と訴え、血圧が下がって大騒ぎになってしまった(迷走神経反射といいます)
介助の看護師、「麻酔ぐらいで、ちょっと大げさなんじゃないですか?」
きっとその後には「医者のくせに」という言葉が隠されていたのであろう。
膀胱鏡検査でも血尿の原因となる病気は見つからず「今現在、血尿も止まってるようだし、これくらいでいいのでは」と幕を引こうとしたのであるが、さらに彼は「腎臓に小さな腫瘍があるかもしれない」と血管造影を要求してきた。
私は放射線科の研修中に何度も血管造影の経験があり、事故の経験はなかったのであるが、膀胱鏡検査に比べれば少しばかりリスクが高い検査であると言える(ちなみに当時、まだ CTは普及してませんでした)
「レントゲンを浴びる方が身体によくないと思うけどなあ」という私のささやかな抵抗は即座に却下され、結局、血管造影までやることとなってしまった。
足の付け根の大腿動脈付近にだけ穴の開いた滅菌の覆布をかぶせ、動脈の周囲に局所麻酔を行う。
「どう、痛む」「少し」「検査中は痛みはないと思うけど」「わかった」などという会話をしながら、自分に緊張感が高まってくるのが感じられる。
検査をする方の私が緊張しているのだから、検査を受ける立場の塚原の緊張たるや相当どころではないレベルなのであろう。学生時代、さんざん馬鹿をやっていた人間に一つしかない命を預けているようなものなのだから。
その時、彼の身体を覆っていた覆布がずり落ちそうになった。
それを押さえながら、鉗子でもう一度、覆布同士を挟んでずり落ちないように固定した・・はずであった。
だが、緊張した私の右手は、覆布と一緒にその下にある彼の身体も強く鉗子ではさんでいたのである。
「ぎえ~!」
部屋中に響く彼の叫び声。周りにいた看護師や検査技師達は騒然となった。
「こ・・こんなに痛いのなら、眠らせてくれ~!」
膀胱鏡の時の騒ぎを伝え聞いている看護師達は「また始まったよ・・」みたいな顔をしている。
「大丈夫、大丈夫。ここが一番痛いところだから」
私が鉗子で身体を挟むようなことさえしなければ・・
介助の看護師が小声で「先生も大変ですね」
その声を聞きつつ「やれやれ、困った奴だ」というようなそぶりを見せながら、何事もなかったかのように検査を続ける私。
かくしてレントゲン室での完全犯罪は成立、その後、無事に時効を迎えるに至ったのである。