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抜けども抜けども(在宅医療)

 まだ人生の半分も生きていない女性。
 身体のどこからか脂肪分の溶け込んだ水が漏れ出るという難病だった。

 漏れ出た水は胸やお腹に溜まる。すなわち胸水や腹水となる。

 すでに根本的な治療は困難な状況で、1~2ヶ月程度で衰弱して亡くなられるであろうという見通しのもと、その間の胸水や腹水の対応の依頼が来た。
 つまりは、苦しくなったらその度に胸水や腹水を抜いてほしいとの依頼である。

 在宅で胸やお腹に溜まった水を抜く処置(胸水穿刺、腹水穿刺といいます)はしょっちゅうやっているので、さほど深く考えずに引き受けたが、これがその後、大変な事態を引き起こすことになる。

 長い闘病生活で疲れた様子ながらも、初回の腹水穿刺の後は「楽になった」と笑顔を見せてくれた。
 残された時間で、後4~5回の穿刺が必要になるかもと覚悟をして帰って来たが、その予想は大きく覆されることになる。

 初回穿刺 5日後の夜、突然の呼吸困難。
 緊急の胸水穿刺。

 その 2日後、2回目の腹水穿刺。
 4日後、2回目の胸水穿刺。
 3日後、3回目の腹水穿刺。
 3日後、4回目の腹水穿刺。
 2日後、3回目の胸水穿刺。
 4日後 5回目の腹水穿刺
 2日後 4回目の胸水穿刺
 3日後 6回目の腹水穿刺

 さらに今後は、隔日に胸水と腹水を抜いてほしいという要望。

 月、水、金、日、火、木、土・・1日おきに続く穿刺。
 私から週末がなくなった。  
 
 週末は休ませてほしいので金曜日の次は月曜日でという私からの提案は、日曜日の緊急往診依頼で却下される。

「苦しい、月曜日まで待てない。水を抜いて欲しい」
 苦しいと言われては放ってはおけず、水を抜きに走る。

 当初1~2ヶ月と思っていたのが、気がつけば3ヶ月、半年、そしてついに1年が経過。
 なお続く果てしない穿刺の日々。
 誰か、助けてくれ・・

 この間、あちこちの病院や在宅医療を行っている医師に協力を求めたが、すべて断られた。
 患者と私、どちらの体力が先に尽きるかの消耗戦。

 ところがこの消耗戦は突然終わりを迎えることになる。

 初診から1年半近くが経過したある日、急激な呼吸困難で病院に救急搬送され、あっという間に帰らぬ人となった。

 この間、胸水穿刺と腹水穿刺、合わせて 317回。
 合計 390リットル。
 小さな女性の身体から、ドラム缶2本分の水分を抜いたことになる。

 急すぎる展開で半ば虚脱状態の私に、1年半ぶりの週末が戻ってきた。
 何をしていいのかもわからない週末が。
  

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