ネズミ大騒動(日常診療)
ある日、休憩時間に自分の部屋でギターを弾いていると、私の目線の先にこちらを見ながらちょこんと座っている奴がいた。
ネズミ?
この診療所には犬や狸、カエルにヤモリ・・どう考えても保険証を持っていない奴らが時々来るのだが(犬はひょっとしたら持ってるかも。犬民だから・・)とうとうネズミまで。
こいつは別に私を恐れるでもなく「おまえのギターの音、ちょっと狂ってるぞ」などと言いたげな顔でこちらを見ている。
「なんなら俺がそのギターの音を合わせてやろうか? ちゅーニングは得意だから」等と思っている訳ではないだろうが、こいつはどうやって私の部屋にまで入り込んで来たのであろう。
いくらなんでも診療所にネズミは具合が悪い。
かくして事務員や看護師の悲鳴、怒号が行き交う(ディズニーランドに行けば可愛い~とか言うくせに)ネズミ掃討作戦が開始された。
あちこちにトラップ(といってもただの箱であるが)を仕掛けて追いつめて行くと、壁を伝い天井に向かって逃走を始め・・そして落ちた。
猫は反転して足から着地するのは知っていたが、こいつは今、頭から落ちたぞ。
あるいは私の見えないところでくるりと回っているのであろうか?
ちゅー返りなんちゃって。
そして再び細いパイプを伝って天井付近まで逃走。
実はそのパイプは火事の時などの排煙装置。
手元のスイッチを入れればネズミのすぐそばの天窓が開く。
ふふふ・・とうとうひっかかったな。そこにお前を追い込むのはこの掃討作戦当初からの計画だったのだよ(ウソつけ)
ところが何度スイッチを押しても天窓は開かない。
そのうちネズミは異様な気配を察してか、パイプから飛び降りて再び逃走。
まるでそれを待っていたかのように「ぐえええ~ん」などという変な音がして天窓がゆっくりと開き始めた。
ほんとに役に立たない装置である。
実際に火事になった時には、私が燻されてすっかり薫製になったころに「焼き上がりました~」とばかりに排煙用の窓が開くのではないだろうか。
結局、阿鼻叫喚の大騒動の末、ネズミは窓から自力での逃走に成功した。
そして天窓を閉めようと思ったら、閉めるためのハンドルが行方不明。
ネズミとともに職員達の熱気も去り、私の部屋は開いた天窓から容赦なく冬の冷気が吹きすさぶ悲惨な状況だけが残された。