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きゅ、きゅ・・

 私の専門は泌尿器科である。
 しかしながら在宅では都合よく自分の専門分野だけを担当できるなんてケースの方が圧倒的に少ない。
 
「人工呼吸器を装着した患者さんが在宅に帰りますのでよろしく」
「私は泌尿器科なんですけど」
「膀胱瘻も入ってるので何とか先生に・・」

 じゃ、呼吸器を管理できる医師が膀胱瘻も診てくれれば・・そう言えばいいのに、ご家族が先生を希望されていますなどと頼まれると断れない気の弱さ。

 今でこそ呼吸器の患者は普通に担当しているが、当初は見慣れない器機を前にあたふたするばかり。家族に「これ、何のスイッチ?」などと聞くわけにもいかないし。

 喉元から気管の中に入っているチューブ(気管カニューレと言います)の交換予定日が近づくにつれ気分は思い切りブルー。

 気管カニューレを見たことがないとは言わないが、今まではそんなものを触ってやろうという気すらおきなかった代物なのである。
 何度、ネットで気管カニューレの交換手順のビデオを見直したことか。

 まず古いチューブのここのところからカフの空気を抜いて・・と。
 処置を始めてすぐに、じいちゃんは激しく咳き込み始め、最後には顔色が赤黒っぽくなる。

(げげー、どうなっちゃうんだ?)

 助けを求めて後ろを振り向いても協力してくれる医師や看護師はいない。
 いるのはばあちゃんと犬・・
 
 残念。猫だったら手を借りるのに・・って、何を言ってるんだ。

「きゅ、きゅ・・吸引、痰を吸引しましょう」

 激しい咳は止まらない。ひょっとして・・このまま死んじゃうんじゃないか!?
 だから嫌だって言ったのに・・。
 
「と、とにかく、まず新しいチューブに交換しましょう」
 
 ばあちゃんに告げて新しいカニューレと交換すると、直後にカニューレの中から勢いよく血が飛び出した。

(ぐえ~! しゅ、出血した~・・!)

「きゅ、きゅ・・吸引」

 吸引しても出血はなかなか治まらない。 
 やってしまった。気管カニューレ交換の処置が原因で出血・・。
 やむを得ない、病院に搬送しよう。
 病院の医師には「何をやったんだよ」なんて言われるだろうが仕方がない。

「きゅ、きゅ・・」

 救急車と言おうとした私のとなりでばあちゃん、

「お父さん、今日は出血が少なかったよ。先生、上手だね~」

 ・・安堵のあまり、ちょっと漏らしたかもしれない。

 病院の先生に一言。
 いろいろなデータを送るばかりが情報ではない。

 この人の気管カニューレを交換したら結構血が出るよ。
 びっくりしないでね。
 そんなことを教えてくれる優しさがあってもいいではないか。
 
 情報には「情」という言葉が含まれているのだから。


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