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薬を飲まない訳(日常診療)
正月、明けてすぐの診療所は暇である。
こんな時に診療所に来るのは、かなり暇な人か、ほんとの病人かのどちらかである。
カルテの整理をしていると、馴染みのじいちゃんがお見えになった。
さして苦しんでいるようにも見えない。きっと暇なのであろう。
「朝からちょっと調子が悪くてなあ。血圧が上がってるような気がする」
「何故? 気分が悪いの? それとも頭が痛いとか?」
「いや、昔から血圧が高いと自分でわかるんだ」
ふ~ん、そんなものなのか。
どれどれと・・血圧、204/116。
ほんとだ、下の血圧が私の上の血圧ではないか。
じいちゃんは何も治療せずに放っておくと、血圧が240だの250だの、それこそ天井知らずに上昇して行くので現在何種類かの血圧の薬を飲んでいる。
これで血圧がコントロールできないとなると、少々やっかいである。
「どうして急に血圧が上がったんだろ。お酒でも飲んだ?」
別に酒を飲んだからと言って急に血圧が上がるとも思えないのであるが、何か理由を探そうと聞いてみると、じいちゃん、私の前に人差し指を立てて、
「飲んだっても、年末から毎日これだけだけど」
「それってビール1本? それともお酒で1合?」
「毎日1升」
「・・え?」
「ここしばらく朝からずーっと飲んで毎日1升。今日もこれから飲む予定」
診療所から帰って飲酒とは、やれやれとんだ豪傑だわ。
「あなたねえ、この血圧で毎日大酒くらってたら、下手したら死ぬよ」
「思う存分飲んで、それで次の朝に目が覚めてこなければ最高。先生もそう思わんか?」
豪快にそう言いながら血圧が心配だと診療所を訪れる。
人間とは理屈で割り切れるものではないのである。
それにしても何で急に血圧が上がったのであろう。
冗談半分に、「まさか酒は一生懸命飲むくせに、実は薬は飲んでませんなんて言うんじゃないだろうね」
「へへ・・やっぱりバレたか」
おいおい、図星かよ。
どうりで血圧が上がっているのが自分でわかるはずである。
処方している血圧の薬をじいちゃんの目の前に並べて「で、どの薬を飲んでないの?」尋ねると、「この白い小さなやつ」と指をさす。
「何でこれだけ飲まないのよ」
「これ、苦いんだよ。だから、これだけよけて飲んでた。もっと甘い薬に変えてくれんか?」
子供か! 大酒飲みのくせに。