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マクドナルドで死の匂い

「死にたい、って思ったことある?」

由香里が「このポテト、ちょっとしょっぱいね」くらいの軽さで言った。あまりに軽い口調だったから、私は一度浅く頷いてしまったあと、「え?」と聞き返した。私の「え?」を踏み潰すように椿が口を開く。

「あるよ、べつに」

椿はいつものどこかむっとした口調で言うものだから、ああ、そういうものか。と一瞬納得しかけてしまう。けれどやっぱりふたりの会話についていけなくて、もう一度、「え?」と言ってみる。由香里はガラス越しの夕焼けを見ながら、小さく唇を動かした。何と言っていたのかは、わからない。椿は特段気にする様子もなく、ズコッ、とマックシェイクを吸う。二人と話していてこんな風に置いていかれることは初めてだったから、カリカリしか残っていないポテトに指を入れてしまうのも、道理だった。

「死にたいって思ったら、どうする?」

由香里が続けた。私は話が終わってなかったことに安心して、つまんだポテトを噛んだ。じゅわりと広がる油と塩までもが、どこかよそよそしい。

「種類によるね、種類に。」

椿がうつくしい流し目で私を見たので、今度はしっかりと頷く。

「死にたいって、色々あるからね。」

「篠崎とかが言う、テストの点悪かった、死にてー。と、由香里が言う死にたい、は重みが違う。」

椿は言いながら、ふふ、と笑った。篠崎のバカ顔が浮かんで、私も笑う。

「なんかさ…や、ごめん。あんまり重い話、したいわけじゃないんだけど。」

由香里は早口で言う。緩んだ唇に、少しだけ力を込める。

「死ぬのはもちろん怖いよ?…だけど、これからなんとなく大学に入って、なんとなく就職して、なんとなく結婚して。それって何か、違うなって。ね、思うよね?」

由香里の声が、小刻みに震える。見えない何かに怯えている様だった。けれど私の頭は「違う」という言葉にぐわん、と引っ張られる。具体的に何かあるわけじゃないけれど、こんなはずじゃなかったのにな、ってずっと思っていたのは、私だけじゃなかったみたいだ。由香里の弱々しい叫びに返せる言葉がなくて、むしろ私も見えない恐怖に対する答えが欲しいくらいで、礼儀正しくひざに乗せた手のひらを、ぎゅっと握るしかなかった。

「恵まれてると思うよ。友達もいてさ、親もふたりとも健在だし。好きな人もいるし、勉強だって…できるわけじゃないけど。テスト前にみんなでヤマはるのとかも、楽しいし。だけど、こうなりたかったのかな、このままでいいのかな、って、思うことがあって。」

「それで、死にたいって?」

怒気を詰め込んだ様な椿の声。由香里の切実なSOSに応えられなかった私の背中をツン、と突く。

「ふー、って消えちゃえれば楽なのかなって思う。みんなが私のこと忘れて、私も痛くなくて、眠るみたいに消えちゃえばいいのにって。多分、私がそうやって消えても、なにも変わらないよなあって。」

椿のヒリついた声が聞こえてないかのように、由香里は続けた。私は由香里の言いたいこともわかるし、怒りたくなる椿の気持ちもわかるから、口を開けずに、スニーカーの汚れを数えた。

「あたしは、きっと死んだら由香里と叶恵が鬱陶しいと思って、死なないけど。」

椿のツンとした言葉が、私たちを貫いた。騒がしかった店内も、一瞬だけ沈黙に包まれた。すぐに騒々しさは帰ってきたけれど、私たちは大きなドームに包まれたように冷えきっている。

「死にたいな、って、あたしもよく思うけど。夢も、叶わないだろうし。だけど、あたしが急にいなくなったあんたたち、ずっと泣いてそうだし。死んでからもあんたたちの心配しなくちゃいけないくらいなら、生きたままあんたたちのテストの点数でも心配した方がマシでしょ。」

力がたっぷりこもっていたはずの椿の声は、一単語ずつ力が抜けて、言い切るころには由香里の声よりもずっと震えていた。
ガラス越しの空は、すっかり夕暮れを示している。私はカラカラに渇いたノドから、湿った声をしぼり出す。

「椿の夢だって叶うし、私たちはなににだってなれるし、由香里が死んだら悲しい。」

二人の熱視線を感じて、慌てて付け足す。「…と思う。」

「なんか、叶恵ってほんと、バカだよね。」

椿は大きくため息をつくと、言い捨てた。

「え!?それどういう意味?!」

私、結構、勇気出して言ったんですけど。ちょっとムカついて、椿に視線を向けると、椿は眉を下げて笑っていた。

「わかる、そういうんじゃないんだけど、って感じ。」

奥に座る由香里は、さっきの言葉がウソみたいに呆れた顔で頷く。私たちを覆うドームはすっかりあたたかくなっていた。素直に、よかった、と思った。
私も二人が死んだら悲しいし、二人も私が死んだら悲しいから、死なない。それでいいじゃん。

にっ、と口角を上げて、笑う。

「なにそれぇ?傷ついたよ、私!」

「はいはい、ご自由に」「どうぞどうぞー。」

笑いながら私を見る二人の目が、夕陽に照らされて、綺麗だった。もう少し生きてないと。私は笑う。ねえ、今はまだ死なないでね。二人が、死んだことを悔やむくらいに毎日泣いちゃうんだから。

「てか、椿の夢ってなに?!」「あ、それ私も気になってた!」「あーっ、この話終わり!帰るよ!」「なにそれずるい!」「逃げるなんて許さない!行くぞ、叶恵!」「ハイ!隊長!」「も〜、勘弁してよ!!」

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