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日記 #1

 インスタで久々に元彼から連絡が来た。
 元元元彼くらいの、私が1番長く付き合った人だった。

「実家に戻るから、貰った漫画返そうか?」

 寝ぼけ眼を擦りながら返信を打つ、10時過ぎだった。

「気をつけてね。処分か売るかしちゃってください。」

 昨日窓を開けて眠ってしまったせいで、部屋の空気はすっかり冷え切っていた。肺がちくちくと痛むような寒さを感じながら、彼のことを思い出していた。

 一番に思い返すのは彼の部屋だった。

 狭い部屋にロフトがあって、ロフトの上はいつも空気がこもっていた。ロフトに上がる階段は急で、私は毎回ビクビクしながら階段を降りた。冬はロフトの上で並んで眠った。当然だけれど、布団の中は彼の匂いが充満している。男のひとの匂いと、僅かに汗の匂いがして、それから、彼は少しだけ甘い匂いがした。ふたりでNetflixを見て、健全にセックスをして、暑い、と笑いあった。

 ロフトから見える壁に、私とのプリクラや写真が貼られたコルクボードが飾ってあった。私はそれを見るたびに、くすぐったいような、嬉しいような、気恥ずかしいような、甘ったるい気持ちになっていた。

 彼は、私の嘘を黙っているひとだった。
 彼は、私のわがままに文句を言わないひとだった。
 彼は、何でも美味しいと言うひとだった。
 私は、彼の前に居る時の自分が好きだった。

 戻りたいな、と思うことは何度もある。だけど、それ以上に謝りたいと思う。子どもだったから、と言って許されないことをした。彼にとったら、消したい過去だと思うくらいには。

 大きく息を吸い込むと、冷たい頬に涙が垂れた。

 少し低い身長と、変なセンスと、低い声と、大雑把なところと、それから。

 窓を閉めない私の腕に、風が吹き付ける。
 不思議と寒くはなくなっていたが、心がぐっと苦しかった。

 これは好きじゃない、執着だ。

 思いながら、イヤフォンを耳に差し込んで、彼氏の寝息を聞いた。すうすうと息を立てている。ほっとして、涙を拭う。

 こんな相手が、あの人にも居たらいいなと思う。
 できれば私よりもうんと可愛くて、うんと優しい子がいい。

 そうしたらいつか、私のことを忘れて、幸せになってほしい。その時には、私の方が幸せだけどね、と、言えるように。

 冷たい空は、薄暗い雲で覆われていた。

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矢原小春
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