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インドのウィナイさんは多言語人間だった
今から19年前、企業の研修生として来日して、研修センターで日本語を勉強していたインドのウィナイさんが、週末の1泊2日で我が家にホームステイした。
まだ日本に来たばかりなのに、けっこう日本語を話していたので、会話は日本語と英語が混ざる感じ。
積極的に日本語を話そうとするし、おしゃべりで、日本人の生活についても色々質問されたし、インドのことも色々教えてくれた。
研修センターでは、宗教的な理由で食べられないものがある人も多いので、その時滞在している人に合わせて、世界各国の料理が提供される。だから、日本の家庭料理にはあまり馴染みがない様子だったが、なんでもチャレンジして食べてくれた。
同時に、同じヒッポファミリークラブの友達の家には、ウィナイさんの同僚がホームステイしていた。
ホームステイ初日の土曜日夜、その友達から電話がかかってきた。
友達の家にホームステイした彼は、部屋に閉じこもり、何も話さないし、全く何も食べない。2日間何も食べないのは心配だから、どうしたら良いだろう?という相談の電話だった。
そんな彼は日本での研修も大変だったと思う。それでもまだ研修センターには、ウィナイさんのように同僚もいるから、自分の故郷のことばで話すこともできた。でも、いきなり知らない日本人の家で2日間過ごすことになり、日本語に囲まれて、どうしていいのかわからなくなったのかもしれない。
また、家族が仲良くしている様子を見て、インドにいる妻子が懐かしくなって、ホームシックになったのかもしれない。
当時は今と違って、無料の通話アプリが無く、国際電話は高額だったので、インドの家族と話すことさえままならない状況だった。Wi-Fiさえあれば、海外でもどこでも無料で顔を見ながら話せる今の時代しか知らない人には、想像ができないかもしれない。
とにかく、何か食べてもらわなくては、と思い、日曜日のランチは、インド料理を2家族で食べに行くことにした。
彼は朝食も何も食べなかったそうだ。
うちのウィナイさんは、ご飯にお味噌汁、干物の純日本風朝ごはんを食べ、納豆や梅干しにも挑戦した。
インド料理店では、彼もやっと食事を口にしたので、私たちは少し安心した。ウィナイさんに尋ねてもらったら、どうやらホームシックらしい。でも、本人は大丈夫と言っていると。
彼は、特に美味しそうな顔もせず、淡々と食事をし、聞かれたことには答えても、自分から話すということもない。もともと物静かな人なのだろう。
そのインド料理店には、インド人の店員さんも、インド人のお客さんもいて、日曜のお昼時で賑わっていた。
ウィナイさんは、まず、注文を取りに来たウエイターさんに話しかけ出身地を聞いた。そして、即座にウエイターさんの出身地のことばで、挨拶と自己紹介をしていた。
次は、近くのテーブルのインド人らしき人に話しかけに行って、また出身地を聞いて、その人のことばで挨拶と自己紹介をして、なにやら話していた。名刺渡して、名刺交換していたこともあった。
インドやアフリカでは、様々なことばが話されていて、1人でいくつものことばを話せる人がいると聞いてはいたが、初めて目の前でそんな様子を見た。
ウィナイさんに、いくつのことばが話せるか聞いたが、挨拶や簡単なことだけで、そんなたくさん話せるわけでもないということで、数はいくつだったか、昔のことで覚えていない。それでも、英語、ヒンディー語、自分の故郷のことば、日本語が少し、インドの様々なことばが少しずついくつかという感じだったかな。
でも、何カ国語ペラペラに話せるということより、ウィナイさんの振る舞いが、実に多言語人間だなぁと思ったのだ。
いつも人に興味をもって、話そうとする。だって、ウエイターさんや、レストランで近くの席に座った人と話さなくても、普通に生活できるよね。
そして、必ず相手の出身地を訊いて、相手の地方のことばで少しでも話そうとする。そうすることで、相手との距離がぐっと近づくことを経験的に知っているんだろう。
私たちヒッポファミリークラブでは、多言語の環境を作って、多言語を習得しようという試みをしているが、環境って何?という事を考える時、このホームステイの受け入れで、見えてきたものは大きいと思う。
ウィナイさんも、その同僚も、同じ会社で働いているのだから、子どもの頃の環境はわからないけれど、就職してからは、同じ地域に住み同じ会社で働いているのだから、外的な環境は同じはず。
性格の違いと言ってしまえば、そうかもしれない。でも、彼も自分の母語は話せるわけだ。それは、家族や友達と話してきたからだろう。
結局は、人に興味を持って、話すか話さないか、なのかな。
いくら周りに多言語が話されていて、それが聞こえる環境があったとしても、それを聞いて話そうという意識が無ければ、話すことは難しいだろう。
もともと多言語や、他の文化・生活習慣にも興味を持ってチャレンジするウィナイさんは、研修センターで勉強している日本語も短期間で吸収して実際どんどん使っていくし、多分インドでも他のことばに興味を持っていなかった同僚は、日本語にも日本文化にも馴染めないまま、しんどい研修生活を送るのかなと思ってしまった。
ものすごく社交的にならなくても、色んなことに興味を持ったり、食べたことがないものを食べてみたり、色んな人に出会ったり、他の人の話を聞いたり、自分の事を話してみたり、そんな小さなチャレンジをする機会がたくさんある、ヒッポファミリークラブの活動。そんな小さな積み重ねで、自分も、多言語・多価値観が育ち、多様性を受け入れられるようになってきているのかなと思う。