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聖公会の礼拝開式のベル(鐘)の回数が 3回→3回→3回→9回 なの知ってた?

 伝統的な教派の礼拝に出席したことがある人は覚えがあると思いますが、礼拝が始まるときに「鐘」が鳴らされますよね。鐘楼の鐘を打ち鳴らさない場合は、小さいベルを鳴らす教会もあります。僕が所属している名古屋聖マタイ教会(日本聖公会・中部教区)では、小さいベルを鳴らして礼拝を始めます。
 鐘(ベル)が鳴ると、たとえば聖公会の教会の場合、会衆は起立して、入堂してくる「プロセッション」(司式者や奉仕者の列)を迎えます。この際、プロセッションのほうを向きながら入堂の聖歌を歌うのが基本的なスタイルとされています。

 僕が祭壇奉仕について学んだとき、入堂のときに鳴らすベルの回数は、「3回 → 3回 → 3回 → 9回」と教わりました。その時は「へぇ、そうなんだ」と思っただけで、それ以上興味を持つことはなかったのですが、最近になって、「どうして『3回 → 3回 → 3回 → 9回』というように4回に分けて鳴らすのかな?」と疑問に思うことがあったので、少し調べてみたのです。

 僕が最も知りたかったこと、それは「『3』と『9』という数字にはどんな意味が込められているか」だったのですが、残念ながらその答えは見つかりませんでした。まぁ、だいたい予想はつくのですけどね。
 「3」というのは、キリスト教では「完全数(聖なる数字)」。「9」は、更にその「3倍」ということで、昔の教会の偉い人たち(笑)が「鐘の回数は『3回』と『9回』にしよう」と決めたのでしょう。
 (もっと詳しいことをご存知のかたはぜひ教えてください!)

 調べてみて分かったのは、「『3回 → 3回 → 3回 → 9回』という鐘(ベル)の鳴らし方がどうして定着したのか」でした。

 そもそも、教会において「鐘(鈴)」が使用されるようになったのは3〜4世紀から。当初は、修道院内において修道士たちを祭儀(祈りの時間)に呼び出すために使用されていました。しかし、7世紀以降、修道院の外の人々も「修道士たちと一緒に祈りを捧げたい」という思いを抱くようになったことから、祈りの時間を知らせる教会の鐘は、町中に聴こえるよう大きく打ち鳴らされるようになったようです。

 この祈りは、毎日「朝6時」「正午」「夕方6時」の3回ささげられるのが定着していき、その時間に教会の鐘が鳴らされるようになります。
 時計を持たない人々にとっては、祈りの時間を知らせてくれるものであると同時に、一日の始まりの時間、食事をする時間、そして仕事を終える時間などのように、時計の役割を果たしてくれたということになります。そう考えると、昔の人たちは現代人と違って、分刻みの生活をしていなかったとも言えますね。なんとも羨ましい限りです。

 それでは、人々はそれらの時間にどのような祈りを捧げていたのでしょうか。これははっきりしており、また、その習慣は現代のローマ・カトリック教会や一部の聖公会にも受け継がれています。
 人々がささげていた祈りは「アンジェラスの祈り(別名:お告げの祈り)」と呼ばれており、その形式は13〜14世紀頃に生み出されたそうです。
 「アンジェラス」という名称は、祈りの冒頭にある「主のみ使いのお告げを受けて、マリアは聖霊によって神の御子を宿された。(ラテン語:Angelus Domini nuntiavit Mariæ, Et concepit de Spiritu Sancto.)」から取られています。
 その後、「アヴェ・マリアの祈り」3回唱え、最後に少し長い祈り(内容は下記のページをご覧ください)を捧げるというのが一連の流れになりますが、それらの祈りが捧げられている間に「3回 → 3回 → 3回 → 9回」と教会の鐘が打ち鳴らされるのが習慣とされていたのです。

 しかし、16世紀の宗教改革以降に登場した(聖公会を含む)プロテスタントの教会では、「アヴェ・マリア」(聖母マリアに対し、罪のとりなしを祈る祈り)の信仰が失われていき、それに伴い「アンジェラスの祈り」の習慣も、基本的にはカトリック教会のものとされていったようです(一部の聖公会の教会では今も継承されているとのこと。すみません、詳しくは分かりません)。
 またカトリック教会でも、国や地域によっては「アンジェラスの祈り」を捧げる習慣がないところもあります。それは、教会が人々の生活の中心ではなくなったからでしょうね。

 それでも、礼拝開始の時間を知らせるため、聖公会では形式的に「3回 → 3回 → 3回 → 9回」という鐘の鳴らし方だけは継承されています。どうやら「3 → 3 → 3 → 9」ではなく “違う回数” が定着している教会もあるみたいですね。
 もちろん、必ずしも「3 → 3 → 3 → 9」である必要は無いのですが(聖公会には「正解」がたくさんある!)、いずれの場合においても、教会の鐘(ベル)はただ「礼拝の開始を知らせるため」に鳴らされているのではなく、本質的には「みんなで祈りをささげ、神さまに心を向けましょう」と人々に呼びかける合図なのだということは、教会の鐘(ベル)の音を聞くときに、ぜひとも思い出したいものだなと思います。

 この記事をお読みいただいている方々の中には、礼拝の祭壇奉仕に携わっているという方もおられるでしょう。もし、礼拝を始める際に、教会で鐘(ベル)を鳴らす役割を担っておられるのであれば、牧師や司式者に事情を説明したうえで、「「3回 → 3回 → 3回 → 9回」というように鳴らしてみても良いですか?」と相談してみてください。理解のある先生方であればきっと快く承諾してくださるはずですし、そのように「礼拝を豊かにお捧げしたい」という思いが、これからの教会の未来を明るくする一助になるはずだと、僕は期待しています。

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