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サードプレイスと加速主義

僕の所属している慶應SFC (湘南藤沢キャンパス)で、最近ブームになっている言葉があるらしい。それが「サードプレイス」である。

サードプレイス:家庭(ファーストプレイス)、職場/学校(セカンドプレイス)の他に、ある人が安心して社会との繋がりを認識できる場所のこと。

青森県 『若者のサード・プレイスづくり事業』
https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kankyo/seishonen/third-place.html

私はここ数年、SFCのオープンキャンパスの学生ガイドというものを務めており、それなりにSFCを志望する受験生や高校生と話す機会が多い。その際にやりたい事としてまず上がってくるのがこのサードプレイスである。SFCのAOを指導する友人に話を聞いてみても、サードプレイスをやりたいという人はそれなりの数がいるらしい。

僕自身、安宅研で「風の谷を創る」という運動論に参画しており、それほど遠くない位置にいる[1]。自分もサードプレイスに何かしら関われたらという思いは強い。

興味深いことに、「サードプレイス」という単語はその解決策として謳われるような「地方創生」などと比べて比較的都市部で検索されやすく、検索量も右肩上がりに増加している。

「地方創生」の検索トレンド


「サードプレイス」の検索トレンド

もはや「僕の周りで」注目を浴びているというより、「都市部で」絶えず関心が増加している単語と見做した方が適切であろう。

では、このサードプレイスブームを引き起こしているものは何なのかを考えてみたい。最近読み終えた一冊の本の記述がかなり正解に近そうで合った。

タイトルがそこら辺のビジネス書のようで残念なのだが、中身が非常に濃厚であった。端的に纏めれば、私たちは保育・育児・教育・介護など様々な営みを他者にアウトソーシングするようになり、その反動として、自分たちの存在意義を失ってしまっている。ということである。言い換えると、以下のようになる。

従来であれば、地域共同体によって行われていた活動すらも、市場経済の中に取り込まれ、効率化の波に抗うことができなくなっている。その世界の中では、人と人同士は互いに交換可能であり、誰も自分の価値を見出せない

これが、現代の日本で起こっていることとしてほぼ間違いないだろう。サードプレイスをやりたいと思っている人の中には、きっとこのような状況を打破したい思いが眠っているのではないだろうか。(ただやりたい理由を聞いても、フワッとした答えが返ってくる場合が多い。)

ところで、サードプレイスの話は文系の人から多く聞かれる話なのだが、理系の人からはよくメタバースの話が聞かれる。そして、実はこのサードプレイスの話とメタバースの話の根っこは同じなのではないか。と最近考えている。

メタバースをやりたい人は

  1. 遠く離れた場所に住んでいる人と交流する / 地方の子供に教育を届けるなど、従来の生活スタイルを基盤とするもの

  2. 身体性から解放され、メタバース上で新しい自分として生きていく、という新しい生活スタイルを提唱するもの

という2種にざっくり分けられる[2]。正直、1は既に述べたサードプレイス論の技術的解決策になっている場合が多い。ところが、2に関してはファーストプレイスもセカンドプレイスも全て捨てるような意思がある。

これの行く末が、メタバース上でAIに制御されたデジタルヒューマンとコミュニケーションをとり、そいつは自分の快楽を最大化するように最適化されているというものになる可能性は否定できない。

究極に加速主義的である。ところが、現時点でこの加速主義的な未来を否定する術を我々は持っているように思えない。

さんざん自由を求め、都市化・郊外化を進め、地域共同体は面倒だと言って破壊してきた我々は、互いに代々可能になった。それが故に人間の根源である「自分がそこに居ても良い」という感覚を失った人間に、最後の救いとなりうるのはこのような世界である。

既に、世界はだいぶそのような世界になりつつある。溢れかえる動画コンテンツ・絶えず消費を煽るメディア群、無限に供給されるSNSのタイムライン..

これに飲まれていない人の方が現代は少ないだろう。加速主義的なメタバースにしても、サードプレイスにしても、その裏には文明化のどうしようもない負の側面を必死に解決しようとする我々の足掻きが見えている。

このまま世界を放っておけば、加速主義的なメタバースは莫大な資本を飲み込んで成長するが、そのような世界だけの到来を良しとしない場合、新しいサードプレイスモデルが必要になるだろう。何せ、我々は自分たちの幸福を置き去りしにして発展し、今世紀になってようやくWell - Beingなどと言っているのだから。こちら側の持続可能な系を創り発展させていくことは、前者の100倍以上難しいと推察できるが、そろそろ解かれなければいけない問題である。


[1] 風の谷の内部では、ファーストプレイス、セカンドプレイスを含め横断的な検討を行っている。

[2] 「強い/弱いメタバース」の話に近い。


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