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なぜタワー・オブ・テラーで上を向くと怖くないのか..?

僕はディズニーオタク (所謂Dオタ) に片足を踏み込んでいるのだが、今まで東京ディズニーリゾートの中で1度も乗ったことの無いアトラクションがあった。それがタワー・オブ・テラー (通称タワテラ) である。

タワー・オブ・テラーは暗闇の中をハイスピードで急上昇、急降下するフリーフォールタイプのアトラクションです。

タワテラの注意書きより

いつもシーに行くメンバーはタワテラが嫌いなので避けていたが、たまたまゼミで行こうとなり、そのメンバーの中に熱狂的なタワテラ好き[1]がいた。その上、僕がまだ経験がないことを告げると、ぜひ乗ろうという運びになった。

「タワテラで大泣きをした」「しばらく足の震えが止まらなかった」という話を散々聞いた上、ディズニー史上最恐を公式が謳ってもいるので、一応対策でも調べて乗ろうということを考えた。

いくつか記事を調べると、上を向くとタワテラ怖くないという言説がいくつも出てきた。

実際にやってみると、ディズニーの絶叫の中で一番怖くないアトラクションにタワテラが早変わりしてしまった。内臓がフワッと浮く感覚などが全くしないのである。絶叫が苦手な同伴者も同じ対策をして恩恵を受けていたので、一般に効果がありそうである。(アトラクションの楽しみ方として正しいのかは疑問..)

一説によると、"上を向くこと、で三半規管が垂直方向の加速度の変化を垂直方向の変化と見做すため、恐怖を感じにくい"ということらしい。

『タワー・オブ・テラーはなぜ上を向くと怖く無くなるの?”』より引用https://www.youtube.com/watch?v=sE31J8mjzo0&t=5s 

一応来年の春から人間の知覚に多少関係のある研究をしようと思っている身として、大変興味深い現象である。

①「人は加速度の知覚をほぼ顔から上で行っている」ことと②「人は知覚する加速度の大きさではなく、向きによって感じる恐怖が全く異なる」という両方の現象を示唆しているからだ。

それぞれを調べた研究があるのか、簡単なサーベイを行った。

①に関しては、1970年以降の文献に基づいた論文では、ほぼ既成事実とされていた。人間は直線方向の加速度は耳石器で知覚するということがそれ以前に解剖学者や生理学者、神経科学者の貢献によって明らかになっていたらしい。人間の耳には垂直、水平方向の2つの直線方向の加速度を感知するセンサーが存在し、タワテラで上を向くと垂直方向のセンサーのみが反応するため、浮遊感を感じないのだろう[2]。

NHK健康 ch 『耳石が起こすめまい「良性発作性頭位めまい症」とは?特徴・症状・原因について』より引用。https://www.nhk.or.jp/kenko/atc_619.html#:~:text=%E5%86%85%E8%80%B3%E3%81%AB%E3%81%AF%E3%80%81%E4%B8%89%E5%8D%8A%E8%A6%8F%E7%AE%A1%E3%81%AE,%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%A7%E7%99%BA%E7%97%87%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

ただ、これでも疑問が残る。内臓の浮遊感が消える原因が分からないからだ。

実は、タワテラの落下は単なるフリーフォール自由落下ではない。タワテラの物理的な垂直方向の加速度は、なんと重力加速度の2.5倍を超える[3]。

エレベータに乗車している人の体はシートベルトで固定されているので、エレベーターと一体となって移動する。一方、落下直後の内臓には体との張力が多少ラグを介して伝達されるはずであり、その瞬間は垂直上向きに1.5Gの加速度がかかるはずである..

ところが、僕らの脳は「内臓から浮いている感覚っぽいのを受け取ったな。でも、実際に加速度を受けているのは内耳によると垂直方向だから、無視しよう」というような判断を行っているのである。

僕の数少ない神経科学の知識を振り絞っても、なぜこのような判断が行われるのかよく分からなかった。ただ、仮説としては「加速度知覚は内臓感覚を知覚する部位の影響を受けづらい」ということは言えるだろう。

前庭器官からの情報は、前庭神経核に入り、視床を介して大脳皮質に至り、そこで情報処理を受けて、平衡覚を生じると考えられる.Penfieldによるヒト大脳の電気刺激実験や、てんかん発作中に前庭性感覚が生じた症例の研究により、古くから側頭葉の後部が平衡覚に関与していると考えられてきた。

脳科学時点『並行覚』より https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%B9%B3%E8%A1%A1%E8%A6%9A

加速度を含む前庭期間からの情報は視床→大脳皮質に進んで解釈されるようである。


福土 2011『内臓感覚から作られる情動の役割』より引用

一方、内臓感覚はそのようなルートを経由しないように見える。これが、内臓感覚が切り捨てられる理由だろうか..? そもそも内臓の浮遊感は本当にこの論文が示している内臓感覚なのだろうか..? 本当に神経科学は莫大なドメイン知識を要求してくるため、全く分からないことだらけである.. 僕の先輩はそれが原因でカンデル神経科学を口に入れてしまったのかもしれない[4]…

これ以上調べても、ちょこっと分析の域を余裕で超えてしまいそうなので、②の「感じる加速度の向きと恐怖の関係」に移ろうと思う。

こちらに関しても、明確に示した研究を見つけることができなかった。世間では、「水平方向の加速度変化には電車・車などで慣れているが、垂直方向は不慣れであるため恐怖を感じる」という解釈が行われているらしい。ただ、垂直方向ですら普通2.5Gなどという加速度は体験しないはずなので、単に「慣れ」で片付けてしまうことには違和感を覚える。

若干関係ありそうな研究として、救急車のベッドを模した実験装置を用いた研究を発見した。

佐川らは頭足方向に加速度が作用したときに血圧が大きく変動することに注目し、ベッドの傾斜角を動的に制御することにより,頭足方向に作用する加 速度を効果的に抑制する救急車用アクティブ制御方式ベッドを開発した。

林 毅ら, 2001『人間の仰臥状態における傾斜の知覚について』より引用

①の仮説が正しいとすると、救急車の車内で横になると、救急車の加減速は実質エレベーターの上昇落下と同じように知覚されるはずである。その際の血圧変動が大きいようである。(弊大学のアクセス権限が足りず、佐川らの元論文を閲覧することはできなかった..) これは、上下運動に対する加速度の方が人間にとっては恐怖や焦りの原因になることを示唆しているのであろう。

この問題を解決するため、現在救急車ではベッドの角度を調節できるようになっているらしい。まさかタワテラと救急車のベッドに関係があるなどと、誰が思うだろうか。

以上で今回の簡単なサーベイを終わりとしたい。予想よりもはるかに文献が見つけることが困難だった。本来であれば視覚情報を排除、混入させたバージョンで垂直・水平方向の加速度を与え、どの程度恐怖感が増すのかを比較した研究を見つけたかったのだが、分からないことが大量に増えるという結果で終わってしまった。

今回の結果が、ニューヨーク市保存協会が主催する、ホテルハイタワー見学ツアーに参加される方の参考になれば幸いである。


[1] 彼の笑顔は呪いの偶像であるシリキ・ウトゥンドゥの100倍怖かった。

[2] 本当は、「顔だけを上に向けたパターン」「顔と体両方を上に向けたパターン」「体のみを上に向けたパターン」「顔と体を正面に向けるパターン」での比較が必要である。

[3] 自由落下でない理由は、「検証した結果怖くなかった」かららしい。詳細はDisney+の以下作品を参照。イマジニア達がどのような発想をしたのかを知ることができ、とてもオススメである。

[4] カンデル神経科学を口に入れてしまった先輩

https://twitter.com/brain_sfc/status/1287922403796873216?s=20


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