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一発書きチャレンジ_4 「回る寿司屋は何を回しているんだろう」
今週は熊本市内の自宅マンションに滞在しているのだが、私はここに冷蔵庫を置いていない。
三口コンロが着いたカウンターキッチンには、広々としたシンクに立派なレンジフードまであるが、私にとっては明らかにオーバースペックだ。
実際、ほぼ白湯しか沸かしていない。
そもそも月に10日ほどしか滞在しないし、一人暮らしだしね。
繁華街に近い立地もあって、昼も夜も外食のほうがゴミも出ないし却って都合が良いとなると、わざわざ白物家電(今もこの言葉使うんかな?)を増やす理由もないよねと、冷蔵庫を置かずにいるが、何の不便も感じていない。
![](https://assets.st-note.com/img/1691848948106-66nvzfGa3M.jpg?width=1200)
タブレットで注文するタイプの「回る寿司屋」にて
普段から朝食は食べないが、ランチは妙に大事だと思っている。
それほど空腹を感じ無い日でも、インターバルとしてのランチタイムがあるか無いかで、一日の長さの体感はぜんぜん違う気がするし、気がついたら日が暮れていた時の、虚しさが嫌だということもある。
そんなこんなで、今日も午前中の区切りをつけて、ランチのために近くの商業施設に向かった。
何も考えず、レストランエリア(フロアというよりもエリアな感じのカジュアルなお店が並ぶ)で、あるお店が目に入る。
そこは確かに、気軽に食べれて、量も適宜コントロールできて、オーダーしたらすぐに出てくるし、値段もほどほど。
そう「ご当地版の回転寿司」。これめちゃいいやんと迷わず入る。
そこはいわゆる「回る寿司」仕様で、実際何かが回っているけど、しっかりカウンター席で目の前に職人さんが手袋を着けて寿司を握る。。。というか製造している。
注文は完全なタブレット形式で、有名チェーン店と違ってところどころカスタムされているが、まぁよくあるUIなので、タップして注文すると、すぐに目の前の職人さんがお皿を手渡ししてくれる。
そんなスタイルのお店だった。(回転レールの意味とは。)
ぬるいシャリに刺し身を載せたような寿司は、それでも相応に満足感はあって、サクッと数枚いただき、サイドメニューにもずく酢なんか頼んだりしてさてお会計・・・と思っていたら、隣に80歳くらいのマダムが着席した。
マダムは、タブレットに表示されている「イカの握り」を、ずっと指で撫でていた。
どの寿司にしようか、熟考しているのかな?
せっかちな私からしたら、そんなマダムの振る舞いは、見習いたいほど優雅なものにも見えた。
しかしマダムは、すぐにカウンター越しの店員に助けを求めた。
そこで私も状況を理解した。
撫でているのではない。わからないのだと。
店員は「ページを指でめくってください」と、寿司を握る、ではなく製造しながら何度か言うだけで、それ以上のフォローはしないようだった。
ちなみに、このお店のタブレットメニューのUIは直感的とは言い難く、私でも少し悩んだ。1種類ずつ白背景に区切ったキャプション付きの寿司写真が並ぶページはまだ良い。(ここにあるイカの握りをずっと撫でていたのだ)
一番トラップだったのは「今日のおすすめ!」と書かれたページである。
そのページは妙に力が入っていて、青い背景にそれぞれカクハンで撮影された、しかも盛り合わせのイメージ写真6種類、秩序無くエモくレイアウトされている。
そのページは表紙イメージのようなビジュアルの完成度故に、イメージひとつひとつがタップできるようには見えづらいし、そもそも次のページに進む導線も不親切なデザインで、戸惑う気持ちもよく分かるくらいの難ありUIだった。
「ちょっと失礼しますね」
と手を伸ばし、マダムのタブレットのページをめくってみる。
そして、一枚絵の中にある「今日のおすすめ!」の写真をタップし、注文直前までの遷移を見せながら、
「わかりにくいですよね。。これ」
とマダムの困惑に同意を示すと、
「最近こういうのばかりよね。困っちゃうわ。ありがとう。ごめんなさい。」
と逆に謝られてしまった。
「謝る必要は無いです、でもこの国はどんどん人が減っているので、致し方ないのかもしれないですよね・・・世知辛いですけど」
その後、お会計をしたいときは右上に小さくある「会計」をタップする旨伝えて、笑顔でさよならをした。
この国はあたりまえのように人が減っている。
お店をあとにしながら、
「マダムが生きた時代のバトンを、次の世代に渡しきれなかったことこそ、ごめんなさい」
と、心のなかで謝った。
2040年には3人に1人が65歳以上のこの国で、私は64歳です。
そして私があなたの歳になったときは、むしろ「困惑する私たちの世代だらけの世の中」で、その困惑をどう昇華しているのか、さっぱり見当も付きません。
※「一発書きチャレンジ」は、
私個人の文章を書くリハビリで、何の準備も、構想も、下書きも無く
文字通り「一発書き」で書きなぐったテキストです。