【短編小説】幸せの基底
映画の上映開始まであと五分。駐車場が空いておらず、ショピングモールの端から端まで急ぎ足。
「あ、待って」
聞いておきながらこちらの了承を待つことなく、君は通路沿いのガシャポンコーナーに吸い寄せられて、しゃがみ込む。
「おい」
そういうマイペースなところも嫌いじゃないが、時間の制約がある今は話が別。腕を引こうとしたものの、間合いを詰めた時点で時すでに遅し。滑らかに差し込まれる硬貨、嬉々として回されるハンドル。半透明のカプセルから透けて見える中身に、一気に広がる満足感。
「見て! 一番欲しかったやつ! 最高に可愛い! 二百円でこのクオリティってすごくない? えー、どうしよ。幸せなんだけど」
思わず奥歯を噛み締め顔を背けた。
「時間無い。行くぞ」
「あ、ごめんなさい」
ごめんはこちらだ。無邪気に喜ぶ姿があまりに眩しすぎて、ごめん、直視できなかった。素直に「君が可愛い」って言えなかった。照れ隠しで精一杯だった。
君の幸せはバラエティに富んでいる。二人の記念日には高級料亭を予約してくれたこともあったし、日常の定食デリバリーも美味しいと言って完食する。頑張ったご褒美の時計も、二百円のキーチェーンも、大切にする。心満たすものに金額やブランド名は関係なく、そこにあるのは「好きだから好き」。純粋な君の、幸せの基底。
無事に映画のチケットを発券し、いざ入場。廊下には出遅れた俺たち以外の人影はなかった。
「なあ」
「うん?」
ゆるく口角を上げるその唇に、無言のコニュニケーションをしておいた。
「急に何事?!」
「ほら、行くぞ」
さっき言えなかったこと、伝えたからな。
可愛い。大好きだよ。