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とあるサイコパスの見分け方

自分がサイコパスであることを自覚してから約1年、他者の見方が変わった。

「自分には共感能力がないのだ」という前提に立ち、むやみやたらに無慈悲な(に見られる)言動や態度をしないよう心がけるようになった。

また、それとは別に、サイコパスかサイコパス以外か(サイコパシーが高いか低いか)を意識して観察するようになった。

とりわけ、他者の「感情と論理を切り分ける力」の高さについて注意深く観察してきた。というのも、観察してきた結果、感情と論理を切り分ける力が高い人にサイコパスらしさを感じることが多いからだ。

平時に感情と論理を分けることは、ある程度頭のよい人なら誰もがやっている。ところが、感情が揺さぶられた瞬間、コントロール不能になる。感情が優位になり論理的思考が妨げられる。むしろそれが正常な(大多数の)人間らしい。

デリケートな話題や危機的状況になればなるほど、顕著に現れるだろう。

感情が揺さぶれてしかるべきときに、感情と論理をくっきり分けて平然としていられる人はサイコパシーが高めであるように思う。感情は感情、論理は論理。自分ゴトなのにどこか他人ゴトでいられるような余裕。この独特な雰囲気がサイコパスにはある。

もちろん、サイコパスにもいろいろあり、スペクトラムであるから感情が制御できないようなタイプもいる。多分、一般的なイメージのサイコパスはそれだろう。まあ、人間の精神なんてスペクトラムであると言わざるをえないので、一概には言えない。

あくまで、これは「衝動性も暴力性も低いタイプのサイコパス」に限った見分け方と言えるだろう。このタイプは犯罪者になるより、一般社会で暮らしている可能性が高い。

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