私が、リーダーにならない理由
リーダーにならない。私はそう決めている。
理由は2つある。
盛り立てようとしてしまう
1つは、みんなの機嫌取りに違和感を感じるから。
別に、機嫌取りなんかしなければ良いんだろうけど、みんなが楽しそうじゃなかったりするとつい自分が盛り立てなければいけないような使命感に駆られる。誰からも頼まれていないのに、エンターテイナーとして振るまわなければならない気持ちになる。
場の中の機能として振る舞おうとする自分が顔を出し、無理をしている。単純にそれは疲れる。
歳を重ねるごとに、他者から求められる(求められていそうな)自分を演じるモチベーションが下がり続けている。背伸びしない自分で居たいのだろう。
それに、リーダーが張り切ってチームを盛り立てようと力んでいるのは何だか痛々しい。私の今までのバンド活動はだいたいそんな痛々しさをはらんでいたように思う。
本来、リーダーは狂気じみた未来を語ることに集中しているほうがバランスが良いような気がするが、それは気の利く2番手がいないと成立しないモデルである。狂気じみたリーダーだけでは、誰からも理解されずただ孤立してしまう。
そもそも、リーダーというのは孤独なものかもしれないが、「だったら最初から1人でやればいいじゃない」というほうが私には合っている。
熱量の違い
リーダーにならない理由の2つ目は、「熱量の違い」である。
私は、目的に向かって走るために高い熱量で仲間と議論したい。ところが、リーダー以上にメンバーが熱量を持つことはほとんど不可能に近い。
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