文脈と視点と説得
誰かと関わって生きていく以上、誰かとの相違が自分の思う道を閉ざすことがあります。
それは人生の進路のような大きなことでもあるし、来月のお小遣いのような絶妙なゾーンのことでもあり、本日のランチのような軽やかなことでもあります。
道を閉ざされたとき、あきらめがつくのならそれでよいのですが、もしそうでないとしたら。相手を説得してみる価値はあるかもしれません。
説得というと、ぐうの音も出ない正論を言って相手をひれ伏させることだと思っている人もいるみたいです。しかし、ぐうの音も出ない正論を言ったところで、相手はひれ伏すどころか噛みついてくることでしょう。
「そりゃそうだろ」と思いつつ、いざ自分が説得するときには意外とこれをやってしまっているのではないでしょうか。
たとえば、お小遣いを3万円から5万円に増やしてほしい夫がいるとします。妻はお小遣いを増やしたくないとしましょう。
ある日、夫は勇気を出してお小遣い増額を説得しようと試みました。
「お小遣い増やしてほしいんだけど…」
「家計が苦しいんだから、無理に決まってるでしょ」
あっさり跳ね返されてしまいました。
多くの親子や上司部下、尻に敷かれているパターンの夫婦など、強烈な上下関係がある場合ほど文脈と視点のズレを調整するのは困難です。初動を間違うと一撃で倒されてしまいます。
フルボッコにされる経験を積み重ねて、だんだん説得をあきらめ、お小遣い増額が閉ざされた世界であきらめの人生を歩んでいくことにもなりかねません。
さて、夫の説得の何がまずかったのでしょうか。
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