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やる気を出すということ

やる気を出すって何なんだろう。

そもそも、やる気は出すものなのか、自然と出てくるものなのか。これをどうとらえるかでも解釈は変わってくる。

もし出すものだと考えるなら、やる気を出すための方法論を模索していくことになるだろう。

もし自然と出てくるものだと考えるなら、やる気が自然と出てくるための環境を整備することになるだろう。

やる気を出すとは何なのか

私が思うに、やる気を出すというのはシステムに対するチューニングだと思っている。

これはシステムが乏しい、原始的な暮らしを想像すると分かりやすい。狩猟採集生活。食糧の備蓄もなく、その日暮らしをしているとしよう。

今日、狩りに行かなければ食べるものがない。獲物を狩るか、木の実を獲るか、もうやるしかない。セブンイレブンなどないのだから。

この時、やる気があるとかないとか悠長なことは言っていられない。狩りに行くダルさと、ひもじさとを天秤にかけたとき「やる気ないわー」とはならなさそうだ。むしろ、ひもじい、食べたい、狩りたいという風に、自然とやる気が出てくるんじゃないかと思う。

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