個人が個人を裁く世界は、サイコパスの私から見ても恐怖以外の何ものでもない
昨今の個人が個人を攻撃する雰囲気は、誠に狂気じみています。
「こんな時に店を開けやがって!潰れろ!」とか「まだ外出してるの?死ねばいいのに!」というような一部のヒステリー軍団のみなさんには、サイコパスの私もさすがに恐怖を感じます。
何かあったときに弁明しても、まず彼らには冷静に聞いてもらえる気がしません。社会的に抹殺されるか、リアルに抹殺されるか…。
疫病の恐怖に始まり、感情が爆発し、今やわけが分からなくなっている。わけが分からなくなって、ただ怒りたいから怒っている。
こんなことを言うと、抹殺されかねませんが、正直それだけのことなんですよね。
彼らの主張は概ね稚拙です。いや、主張そのものが悪いわけではない。1つの視点からしか物事が見れなくなっていることが稚拙なんです。
果たして、今もなお外出している一人ひとりの事情が理解できているでしょうか?また、今もなおお店を開けている一人ひとりの事情が理解できているでしょうか?
中には、何も考えていない軽率な人もいるかもしれませんが、切実な事情の人だっている。そして、何が軽率で何が切実かも一人ひとりの主観的な評価でしかありません。
切実と思える事情をピックアップしたとき、自粛できないその人を批判の対象にすらできないと思うのは単に私が甘いのでしょうか。一応、サイコパスなんだけどな。
簡単な想像力を働かせる余裕がないほどに感情に支配され、自分の主観が世界の真理になってしまっている。この状況は、言語を操る知的動物とは到底思えません。
今やそんな連中と出くわすことは、森でクマに遭遇するのと大差ないかもしれません。
「私は敵ではないですよ。」
そんなことをクマに説明しても、平気で殺されてしまいそうです。
「ソト、歩イテイルヤツ、悪イヤツ」
「え?どうした?ちょっと冷静になろうよ」
「ミセ、開ケテルヤツ、悪イヤツ」
「え?疫病で死ぬのはダメだけど、経済的に死ぬのは良いってこと?それについてはどんなふうに考えてるの?」
「ソト、歩イテイルヤツ、悪イヤツ」
会話が成立しません。残念です。
今後もすぐには状況はよくならないでしょう。経済的な危機もすでに始まっています。もうすぐ生活レベルでもそれを自覚せざるを得なくなることは間違いありません。
限りなく近い将来、呪いはきっと次のように変化します。
「金ナイ、金持ッテルヤツ悪イヤツ」
そのような雰囲気がナチスを生み、ユダヤ人の虐殺を生んだことを私たちは忘れてはいけません。
残念なことに、このような話をうなづきながら理解していただけるのは、今も冷静さを保っている知性のある人間だけだということです。
追伸
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