脱境界線で人はもっと気持ちよくなれる
昨今、サウナーたちは、それを「ととのう」と言ったりするのですが(私も言うのですが)、あえて自分なりに言葉にするなら「脱境界線」なんですね。
ふわ〜っという感じ。「ここはどこ?私は誰?」とはまた違う、世界の中に溶けてゆく感覚。
自分と世界の境界線が曖昧になる感覚なんですよね。それは、「ととのう」とニアリーイコールの体験だと私は思っています。
さて、全然関係ないようですが、今日はバンド活動のお話です。
homesickというバンドを始めて、10数年。今まで、私のその時々の思い、いわば思いつきで活動してきたのですが、それではメンバーはいつまでも受けに回らざるをえない。
そんな悩みをずっと抱えていたのですが、ちょうどメンバーから提案があって、あらためてバンドhomesickのイデオロギーとは何なのかをよく考えてみる機会が訪れたわけです。
たとえば、CHAIというバンドの「NEOかわいい」のような、イデオロギーをキャッチフレーズにまで落とし込めたら万々歳。
イデオロギーを中心に据えることで、私中心ではない集団となって、あらゆることを推進していけると思います。
メンバーと話していて、たどり着いたのは、一言でいうと「サウナのような気持ちよさ」。
ただ、単純に「気持ちいいことやります」では、あまりにも思慮が浅すぎるように見えます。
では、やっぱりサウナなら「ととのう」?これは借り物の言葉だし、自分ゴトとして掲げるのはどうかな、と。
「サウナの気持ちいいって何なんだろう?」
サウナの気持ちよさを自分なりに言葉にしようとしていたら、境界線が曖昧になっていく気持ちよさに気づいたのです。
「脱境界線」
脱境界線で人はもっと気持ちよくなれる。私はそう思っています。
採用されるかすら分かりませんが、メンバーに提案したいなと思っているところです。
こんにちは、うえみずゆうきです。もし気に入っていただけたら、応援していただけると嬉しいです。更新のモチベーションになります。