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脳内議事録

認識の解像度を上げるための思索の旅の記録です。エッセイ、トーク、音楽などさまざまなかたちで頭の中を晒しています。…本音は傷つく、高くつく。
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※試聴版です。オリジナル版(10:13)はマガジン購入すると視聴できます。

サイコパスのラジオ<シーズン1>(2020.6.14 配信分)

【脳内議事録】
https://note.com/y_uemizu/m/md0e3af51acf5
認識の解像度を上げるための思索の旅の記録です。エッセイ、トーク、音楽などさまざまなかたちで頭の中を晒します。サイコパスのラジオ、前シーズン以前のエピソード(Podcast上にないエピソード)はすべてこのマガジンでお聴きいただくことがで

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身体性について。ハードウェアとしての自分を取り戻そう!

サイコパスのラジオ<シーズン1>(2020.6.3 配信分)

【脳内議事録】
https://note.com/y_uemizu/m/md0e3af51acf5
認識の解像度を上げるための思索の旅の記録です。エッセイ、トーク、音楽などさまざまなかたちで頭の中を晒します。サイコパスのラジオ、前シーズン以前のエピソード(Podcast上にない

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自分の言葉で語るということ

自分の言葉で語るということ

自分の名前、自分の顔、自分の言葉で語ることの機会と危険性は、少し考えれば分かるような気がします。

危険性といえば、炎上など批判にさらされることが分かりやすいでしょう。デジタルタトゥーを残し、一生十字架を背負って生きていくような気分かもしれません。

機会のほうはどうでしょうか。「インフルエンサー」と呼ばれる影響力を持った存在となり、チヤホヤされるとかお金持ちになれるとか、自分が広めたいと思ってい

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感情の障害を自覚するとき

感情の障害を自覚するとき

承認欲求について対話しました。

私自身は、安全の欲求の中にどっぷり浸かっている人間です。所属や承認の欲求フェーズにいないんだと勝手に納得していたのです。承認を求める気持ちは薄いので、なかなか気楽なものだなと思っています。精神衛生上、そんなに悪くない。

みんなも安全の欲求がそもそも満たされていないことを「自覚」すれば、所属の欲求や承認欲求に悩まされなくて済むのではないか。そんなふうに考えていまし

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半径50メートル

半径50メートル

誰かにおめでたいことがあったとする。合格でも出産でも、誕生日でも何でもよい。

何でもよいとは言ってみたものの、合格や出産と誕生日とでは事情が異なるので、やっぱり分けて考えたい。

前者は具体的な社会生活の変化を意味し、後者は数字が1つカウントされること以外よく分からない。数字のカウントに加え、人それぞれに意味をあれこれ付け足し、一体何の日なのかよく分からない複雑化したおめでたさになりがちである。

社会参加とはまるで大縄跳びのようだ

社会参加とはまるで大縄跳びのようだ

社会参加とは、まるで大縄を跳ぶようだ。輪の中にいるのと外にいるのとでは、ずいぶん見え方が違う。

命令耐性低め

命令耐性低め

「18時までに帰ってきなさい」「静かにしなさい」「勉強しなさい」という風に、子供の頃は親や学校の先生からよく命令を受けていた。

(自分含め)子ども同士でも、「やれよ」とか「やめろ」といった命令口調の会話が当たり前のようにまかり通っていた。多分、大人たちの影響を受けていたのではないかと思う。

不思議なことに、あれだけ命令形の言葉に囲まれて育ってきたのに、年齢を重ねるにつれ、命令形を聞くことがなく

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個性と最適化

個性と最適化

ある場において、自分を最適化する。それは、この国に暮らすことについてかもしれないし、この街に暮らすことかもしれない。会社に所属することや、コミュニティに関わることかもしれないし、パーティに参加することや個人間のコミュニケーションでさえもそこに含まれるだろう。

最適化させるか否か、またどのように最適化させるか、そこに個性が現れるように思う。「最適化させるか否か」は視覚的に理解できるぐらいの分かりや

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「体質」と言えば柔らかいが、「才能」と言えば残酷である

「体質」と言えば柔らかいが、「才能」と言えば残酷である

先月、生粋のカナヅチの私が、水泳を習った。水に慣れ親しんだが、結局は最後まで沈み続けた。

インストラクターの方は本当によくしてくれたが、最後は「あなたは浮きにくい体質だ」ということでまとめられてしまった。体脂肪率が低いとか、下半身にボリュームがあるとか、実際に浮きにくい人がいるらしい。

浮くための技術を人よりも必要とする体質であるという。とはいえ、「だから、泳げない」というのは単純化し過ぎであ

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「なぜ」を嫌がる大人たち

「なぜ」を嫌がる大人たち

「なぜ」を重ねていくうちに、必然的に答えに詰まる。言葉では説明不可能な領域に突入する。胸につかえる何かがあったり、もしくは何もないことに気づいたり。

私の知る限りでは、大人は子どもに比べて「なぜ」を嫌がる。胸につかえる何かを感じたくないし、何もないということに気づきたくないのだろう。

しかし、そんなものは臭い物に蓋をしているだけだ。「本当は食道がんであるが無自覚でありたい」とか「服を着ていない

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怒りとは期待値のかけ違いであり、また怒りにはポイントカードの側面もあるのだ

怒りとは期待値のかけ違いであり、また怒りにはポイントカードの側面もあるのだ

対話って、やっぱり素晴らしい。他者と動的に考えるからこそ発見できる何かがある。言葉は「分かり合う」には難易度が高すぎるけれど、「考える」には欠かせない。

Clubhouseで「怒り」について、参加者のみなさまと語り合った。なぜ、このテーマなのかというと、昨日スタバでおじさんがキレていたことを受け、怒りに興味を持っていたからだ。

昨晩は、大きく2つの内容を話した。

・各人の怒りエピソードを聞く

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遊びから学ぶ

遊びから学ぶ

私はいつだって遊びから吸収し、学んできた。

バンド活動はその最たるもので、今仕事で使っているスキルの土台はバンドで遊びながら培ってきたように思う。

その昔、「これ、全部自分たちでやるの無理だわ」と思い、投げ出した。

よく考えると経営はもちろんのこと、製造から販売まで、すべてのバリューチェーンに携わろうとしていたのだから何かがおそろかになるに決まっている。あの頃は分からないなりに、よくやってい

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認識の檻

認識の檻

ゆるやかなコミュニティであったり、目的が明確な組織であったり、私たちはその中の一員であると感じるとき、何らかの共通の認識の檻の中にいる。

認識の檻は言語化されているときもあるし、すべての文脈が非言語の空気となって現れるときもある。

いずれにせよ、集団の一員であると思えるとき、私たちは何らかの共通の認識の檻の中にいるのである。

共通の認識の檻の中にいなければ、私たちは共通の認識が持てない。つま

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無茶な提案

無茶な提案

世の中のマイナス感情の多くは、感情と論理をうまく分けられないことに起因する。私はそう考えている。

それはそれ、これはこれ。

嫌な気持ちにはなるが、論理的には間違っていないことはいくらでもある。また、良い気持ちにはなるが、論理的には正しくないということもある。

「論理的に正しいんだから、気持ちに固執するな」とか「論理的に合っているからといって、気持ちを無視していいわけじゃない」とか、感情が正し

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