事業承継できるかな ~初案件! その2(サイトT編)~
■いままでのあらすじ
・まずは動いてみよう、とネットの事業承継サイトに登録
・デザイン系業務に特化したソフトを販売している「パピルス」社にコンタクト。機密保持契約を締結して先方の樋口(仮名)社長とお会いすることとなった
■現れた樋口社長
待ち合わせした場所に現れたスーツ姿の男性。その風貌は技術者の雰囲気を醸し出しており、待ち合わせ場所のオシャレなカフェには少し不釣り合いに思えました。改めて考えるとスーツ姿のおじさんが二人。違和感は「少し」どころではありませんね・・・早く場所移動したいな・・・
「塚田さんでしょうか、樋口です。はじめまして」
「は、はじめまして。塚田です。」
案内されるままに樋口さんの事務所へ。ビジネスマンションをイメージしていましたが、ごく普通のマンションの一室。自宅兼事務所のようです。お向かいの部屋には小さい子供用の三輪車が置いてありました・・・。
「お邪魔しまーす」
応接室と思われるお部屋に案内されると、大きめのノートPCがポツンとおかれている机の他にはほとんど調度品がないガランとした部屋です。
■では、さっそく商談に入りますよ
ご挨拶もそこそこに、さっそく樋口社長からPCを使った製品の概要を伺います。製品名は「コンパスちゃん」(仮名)とのこと。
「塚田さん、T(承継仲介サイト名)にあるように、これは××設計に特化したソフトでして、現在も多数の設計事務所に導入されています・・・」
その後、樋口社長から聞いたのは下記のとおり。
・現在、累計数百のライセンスを販売している
・クラウド版はなく、端末ごとのライセンス提供である
・保守サービスはほとんどやっていない。やっているとしても、メールのみの対応に留めている。
・製品のwebサイトはあるが、更新が止まっており機能していない
・製品のos対応はある時期のバージョンで止まっている。
「なるほどー」
メモを取る私。上記の概要から率直に「売却価格に見合わない」と思いました。のちに売却価格の根拠がわかるのですが、初回面談で聞くことは避けました。先方が機嫌を損ねて「売りません」と言えばそこまでですからね。
■見合わない理由
私が見合わないと思ったのは最新版のosに対応していないこと。つまり、最新に対応させるには別に開発費用が必要です。対応費用は売却価格に含まれていないので、私が外注さんなどに頼んで別途支払わなければなりません。開発費用もかかりますが、開発期間もあるわけで、対応した製品の販売にこぎつけるには時間もかかります。さらにリスキーだなと感じたのは、既存ソフトに手を入れて改修するわけですから、不具合は一定の度合で出てしまうことです。不具合が出たら当然対応しなくてはなりません。でも、すぐ退職するわけにもいかないし、会社では開発と全然違う部署にいるので、就業しながら不具合対応は正直ムリ。
「で、こうしてこうすると、画面遷移しまして・・・」
私の不安をよそに、樋口社長は熱っぽく説明を続けます。
もし、この製品をそのまま継続販売するのであれば「枯れた」、つまり不具合が出尽くして安定した状況なので、手間取らずに販売に注力すれば良いと判断できますが、開発した新バージョンの販売開始直後(販売できれば、ですが)ですと、問い合わせは何かしらあるでしょう。でも、現状のwebサイトでは問い合わせしたくても連絡先がほとんど記載されていないような構成の上、さらに手作り感のある一昔前のデザインなので、サイトリニューアルする必要もあり、さらにコストがかかります。
このお話しに手を挙げた当初、私はソフト販売している以上、保守ライセンスを年額か月額でユーザからもらっているものと思っていました。そうすれば、しばらく製品をよくわかっている樋口社長に保守し続けていただいて、買収費用を回収しつつ、開発費用を貯めて、十分たまったら外注さんに依頼すれば・・・と思っていました。また、特殊なソフトなので、一度導入すればホイホイと乗り換えはないと思いますので、保守ライセンスで固く稼げるのではないか、と。
ただ、条件を聞いてみる限り、初期費用の回収を考えると個人M&Aではムリがあるな、と直感的に思いました。
■ライセンス販売がないデメリットがモロに・・・
保守ライセンスを販売していない、ということは、当然ながら「保守ライセンスを販売すること」が必要です。で、私の営業経験からするとお客さんはこういう場合はほとんど保守ライセンスは「買わない」です。受注までには①保守ライセンスの必要性に納得していただき、②担当者さんが上司に稟議を提出して「購入してよろしい」と決裁していただき、③支払いのための部内調整をしていただく、というハードルが必要で、①の段階で「必要ない」と判断されされやすいのです。なぜなら「いままで問題なく動いているじゃん」という理由が大半です。ソフトは無形なので「壊れてる」「もうそろそろヤバい」というものが見えないからわかりにくい、そのため保守の必要性に目が向きません。
樋口社長のお話しがひと段落したタイミングで聞いてみることにしました。
「あの、樋口さん、今のosに対応しないのはなぜでしょう」
「私に技術力がないからです(即答)」
即答しなくてもなぁ、と思いながら聞き進めていくと、このソフト、実はもっとベースにしている他社製ソフトがあって、一部を除いて他社さんから提供された技術情報に基づいて樋口社長が機能追加しているものだったことがわかりました。「コンパスちゃん」の製品構造はこうなります。
①他社製ソフト(ベース部分) ⇒ これが不具合だと製品が成り立たない。ただし、何かあったら他社に頼るしかない
②樋口社長の追加機能(オリジナルオプション) ⇒ 不具合が出ても樋口社長で対応できる
と①+②の二段構造になっていて、自前で保守対応ができない部分があるのです。当然、最新os用に対応しようとすると、根幹部分の①を他社さんに依頼するしかないわけです。
私の困惑を察するかしないか、樋口さんはさらに続けます。
「実は塚田さんの他に、お声がけしている方がいまして・・・その方とお会いしてもらえませんか?」
「え?」
つづく。