スノードロップは希望と牛乳を水っぽくする花でした。
ウェルフォードパーク Welford Parkへ行こう!
ウェルフォードパーク
イギリスの早春を楽しむなら、まずスノードロップウォークから。真っ白な小さな花たちは、無慈悲な寒さにもかかわらず優しく揺れ、まるで花のさざなみのような風景を見に行きたい。
今年はウェルフォードパークへ行きました。英国でも最大級のスノードロップコレクションが5エーカーのぶな林を含む敷地で楽しめます。
バークシャ州のニューベリーという街の近くにあるこの場所は電車やバスなどアクセスが良くないので車です。駐車場は広く確保されていて、スムーズに駐車できました。
ここウェルフォードパークはベイクオフ(素人ケーキ作り対決番組)撮影場所としても有名です。庭にテントを張って撮影されるようですが、冬の今はベイクオフのテントはありません。その代わりカフェに隣接してテントがあり、その中でお茶ができるようになっていました。せっかくなのでキャロットケーキとコーヒーをいただきます。ベイクオフから生まれた新作ケーキ!なのかと期待したのですが、売っていたのは見た目もお味も手作り感満載な素朴なもの。人気に乗っかりすぎていないところがかえって好感が持てます。
遅すぎた、、、2月2日だったのか
家の前庭にある大きな木の下に少しだけスノードロップが顔を出したのですが、今年は暖冬のせいか花が早く、2月半ばですでに終わりかけています。
もしやここも、と思いながら歩くと、やはり、少し、遅かった、、
数年前にここに来たことがあり、その時は白い泡の海を漂うような異世界感覚を味わえたのですが、今年は花が4割すでに終了したよう。
確実に全花満開を目指すなら、2月前半です。
この花の別名をCandlemas Bellと言いますが、これはイエスキリストの誕生から40日後の2月2日のお祭りCandlemas 聖燭節に飾られていたから。やはり2月初め。
元々スノードロップは英国固有の植物ではなく、おそらく15世紀のイタリアの修道士によって(またはローマ占領時代の可能性もある)持ち込まれたと考えられています。その後16世紀までに園芸植物として確立、1778年には最初の野生のスノードロップが記録されています。
このウェルフォードパークもそうですが、英国内でスノードロップで有名な森は元々ノルマン人の修道院の場所だったそうです。当時の修道士は薬剤師(医師)でもあり、治療に使用する植物を庭で育てていました。スノードロップも薬草の一つだったのです。
ホメロスのオデュッセイアに出てくる神秘的な魔法のハーブ、モリーがスノードロップだったかもしれないという話(Andreas Plaitakis and Roger Duvoisin 1983)もあったり、アルツハイマーの治療薬の開発に使われている、なんて読むとちょっとスノードロップを見る目が変わりますね。
春の花は「死」の象徴
一年以内に人が死ぬ、卵も腐る、でも日焼けしない
ビクトリア朝時代にはスノードロップは教会の庭の日陰の場所、特に愛する人の墓に植えられました。
しかし英国の一部では、その花の頭が覆いを被った死体のように見えるため死と関連づけられるようになります。「世界の迷信、民間伝承、オカルト科学百科事典」(The encyclopedia of Superstitions, Folklore and The Occult Science of the World)なる本が1903年に出版され、そこには家の中にスノードロップを入れると一年以内に人が死ぬ、特に花瓶に一輪の花はよくないと書かれています。
スノードロップが死の象徴である元ネタとして、ケルマの話があります。ケルマが死んだ恋人の傷口にスノードロップの花を置くと、その体は雪の雫になったというもの。それからこの花を異性に送ると「あなたに死んでほしい」というメッセージだという言い伝えも一部にあるそう。
さらに1913年の「民間伝承ハンドブック」(The handbook of Folklore) にはスノードロップを家に入れると牛乳が水っぽくなり、バターの色が悪くなり、卵が腐る、などとも書かれています。
その代わりに、とその本は続きます。
スノードロップを身につけると思考が純粋になる。
女の子が春に見つけた最初のスノードロップの花を食べると夏に日焼けしない。
純粋な思考を身につけられるかどうかは本人次第とは思いますが、スノードロップの球根、葉は猛毒です。花を食べて夏に日焼けしないより、夏まで生きていないかもしれません。
本当は優しい花なの
その白すぎる白と容姿から「死」を想像したとは反対に、その白はスノードロップの優しさだというお話がドイツにあります。
雪は自分の色を探していましたが、地下に眠るカラフルな花を咲かせる球根たちは雪のように冷たくて不快なものと一緒にされたくないと無視していました。しかしそれを憐れんだスノードロップはその色である白を雪に貸してあげたのです。以来雪はスノードロップを冬の寒さから守っているのです。
この「スノードロップ」という言葉自体も、16世紀から17世紀に流行ったしずく型のパールのドイツ語のSchneetropfen(snow-drop)に由来します。
春はHOPE
スノードロップの花言葉は「Hope」
これは、スコットランド詩人ジョージ・ウィルソンの「The origin of the snowdrop」(スノードロップの起源)という詩集で語られるアダムとイブの話が影響してそうです。
これは、アダムとイブがエデンの園から凍った荒野に追放され、彼らの窮状を憐れんだ天使が雪の結晶をすくいあげ息を吹きかけると、氷が柔らかく真珠のような花、つまりスノードロップになったという詩です。その最後は
こう終わります。
The snowdrop,(略)became a symbol whence we know the brighter days and nights.
より明るい1日がやってくる「希望」の花ということでしょうか。
また、スノードロップはギリシャ神話の春と自然の女神ぺルセポネーと共にやってくる花でもあります。女神と共に冥界、死の世界からやってくるこの花は「希望」と「死」両者の象徴。この象徴をうまく使った絵を見つけました。
裏切られても待っている。ミレーのマリアナ。
これはミレー作の「マリアナ」。青い服がともて印象的です。窓にはスノードロップのステンドグラスがあります。
ミレー含むラファエロ前派の絵画は、当時出版された物語や詩などから着想を得ていたりして、かなり寓意的なので知識がないと読み込めません。ネズミや落ち葉は置いておいて、、
今回はこのスノードロップだけに注目です。
大まかなストーリーは、婚約者に裏切られたマリアナが今度はその婚約者を騙し返す、です。ミレーは同時代の詩人テニスンがシェークスピアの「尺には尺を」を書き直した詩をもとにこの絵を描いています。
長い長い間、彼女は一人で緻密な刺繍に没頭し、今まさに一息つこうと立ち上がって腰を伸ばしているのでしょう。
I am aweary, aweary - I would that I were dead!
(疲れたわ、疲れたわ、もう私は死んでいたほうがいいわ)
もしかしたら恋人が帰ってくるかもしれないという「HOPE」と、裏切った相手への憎しみの気持ちとをこのスノードロップが代弁しているように思えます。
今日もいい花が摘めました。carpe diem.
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