和菓子を作りながら考える鼻水vsゲロの日英文化。そして椿を選ぶ16歳の花嫁。
キサマ、アバヨ
イギリスでも「日本」といえば「アニメ好き!」「スシ美味しい!」のリアクションがほとんど。カフェで日本語で会話をしていると、気がついた若いウェイターさんに「キサマ、アバヨ」と手を振られたりします。日本のアニメ大好きなんでしょうね。そしてアニメをきっかけに日本を好きといって日本語を勉強してくれるイギリス人もいます。
今回はそんな日本語を勉強しているクラスに、茶道のお手前のデモンストレーションに行きます。持っていく和菓子を作りながら、「日本」について考えてみました。
文化紹介は嫌われる覚悟で。snot vs vomit
お花が好きだったのでいけばなを、着物と和菓子が魅力で茶道を少しばかり嗜んできた私は、イギリスに来たばかりの頃は日本文化をイギリス人に伝えるんだと張り切っていました。
ところがです。ほぼ皆様、抹茶が苦手。グリーンティーは好きだから大丈夫とトライされても、「snot(鼻水)みたい」と返されることも。
最初は、そんな塩対応に凹んでいました。失礼な人が多いんだと憤慨したこともあります。
そんな私ですが、お米をミルクで煮た英国のデザート、ライスプディングは見るのも匂いもノーサンキュー。
抹茶が「snot」みたいならば、、ライスプディングは「vomit」(ゲロ)にしか私にはみえないんです。
「これは食べ物だよ」というバイアス眼鏡をかけてるせいで、私には抹茶は鼻水に見えないし、イギリス人にはライスプディングはゲロに見えない。
たかがお茶、たかがデザート。でも、こんな気持ち悪いもの食べたり飲んだりする国って変じゃない?そんな小さなきっかけで、その背景にある「文化」や「国」のイメージを左右してしまう。
今でも私はライフプディングは食べられません。食べず嫌いです。いかに食に関する偏見が変えられないか、身をもってわかっています。
それでも、嫌われるとわかっていても、抹茶をお出しします。
茶道には日本文化が凝縮されていると思うから。
抹茶そのものは好きといってもらえないかもしれない。でもそのお茶一杯のために、どれだけ心を込めて準備するのかをみて欲しい。私が茶道のお手前のデモンストレーションをするときは、そう思っています。そして、茶道に対して「素敵だな」というバイアスのメガネをかけてくれたなら、いつか抹茶もスキと言ってくれる人が増えるかもしれません。
ないから作る。「ない」世界は作る楽しさに満ちている。
なんとかなる。なんとかしてみると、なんとかなる。
お抹茶とともにお出しするお菓子、練り切り。白餡で作った練り切りあんを季節に合わせたモチーフに形作ります。日本では和菓子屋さんに行けば職人さんの技の光る上品なお菓子がお行儀よく並んでいることでしょう。
海外ではそんなに手軽に手に入らないので、結局自分で作ることになります。ないとがっかりするより、作って気分良くなった方が幸せです。海外では必要に追われてたくさんのスキルが身に付きます。
まずは白餡を作り、それから練り切り餡を作って成形です。白餡はその名の通り白い豆から作ります。イギリスでは缶詰のButtere Beansの水煮缶が便利です。
この豆とGlutinous rice flour(白玉粉)と砂糖があれば、白餡は簡単に作れます。少し黄色かかっしまうのが残念ですね。
春夏秋冬があるから
あとは形を作っていくだけです。
ここでいつも季節のモチーフを日本に合わせるのか、イギリスの風物に合わせるのがいいのか迷います。でも今回は、ちょうど庭の椿の蕾が大きく膨らんできたところなので、日英共通冬の椿にしました。といっても、すごーく簡単な意匠です。
お菓子を作りながら、日本の四季ってすごいなあとつくづく思います。春夏秋冬の四季の自然の移り変わりの中で、それを感じ観察する人の感受性も知識も幅が広がります。春の桜は喜びと儚さを、夏の緑葉は元気を、秋の落葉は別れの辛さを、冬の裸木の悲しさを。でもそんな雪降る冬にでも、椿はツヤツヤな花を咲かせるのです。
椿は古来から日本人に大変愛された花でした。茶道においては「茶花の女王」と言われるほど好まれます。その反面、萼を残して丸ごと花がポトリと落ちるので、それがまるで人の首が落ちるようで不吉だとも言われます。
カメリアは大人の花
それではイギリスでは椿はどんな花なのでしょう。この花の名前は18世紀初頭に東アジアからヨーロッパに椿を持ち込んだイエズス会の宣教師兼植物学者ゲオルク・カメルに因んでつけられました。ラテン語でのカメリアという女の子の名前は「聖職者のお手伝い」helper to the preistという意味があるようです。
ビクトリア朝時代のイギリスではその艶々とした深緑色の葉に映える色鮮やかな椿に夢中になります。当時は最もファッショナブルで高価な花だったのです。この時代に描かれた椿と少女がこちら。
16歳の花嫁と46歳の花婿
この絵はGeorge Frederick Watts (ワッツ)によるEllen Terry (Choosing)と言います。エレンがこの絵の少女です。彼女は演劇一家に生まれ、子供の頃から舞台女優として活躍していました。このエレンに惚れ込んだのが30歳年上の画家。エレンは16歳、ワッツ46歳で二人は結婚するのです。この絵は二人が婚約中に描かれました。
少女の顔は実年齢よりも少し若いように思えます。首にかけた真珠は、彼女の純粋さが貴重であり、純粋であるからこそ揺れ動く繊細な感情を表しているようです。彼女ドレスは、ほとんど椿の葉と同化しているように見えます。
少し白い縞の入った赤い椿に顔を近づける少女の左手には、すみれの花があります。すみれの花は彼女の優しい無邪気さを表していますが、周囲を取り囲む大きく派手な椿の花に気を取られてしまっています。そっと手繰り寄せて香りを楽しもうとしますが、それは無理です。椿は美しい花ですが、香りはないのです。高価で派手だが香りがない椿と、地味だが香りの良いすみれ。どちらを選ぶ(Choosing)するの?
ここで椿は世俗的な虚栄心、すみれは地に着いた結婚生活なのでしょうか。ワッツはすみれを選んで欲しかったのでしょうが、エレンは結婚を1年で終了させ再び演劇の世界へ戻っていくのです。
椿の花言葉はMy destiny is in your hands.
私の運命はあなたの手の中に。
もしかして本当は、あなたの運命は私の手の中に、なのかもしれません。
お茶よりアニメ
椿の花は切るのがまだかわいそうだったので、今回は茶花にはせず和菓子の椿だけ持っていそいそと日本語クラスへ。着物の帯も椿にして、日本の季節感大事アピールも。
今回参加は4名だけだったので、一人ずつ茶碗と茶筅と渡して実際に抹茶を立ててもらいました。
楽しんでくれたのですが、質問内容がものの見事に「アニメ」と「料理」の話ばかり。香港から来たという男性は、囲碁のアニメにハマってイギリスの囲碁クラブに入っているそうです。30名ほどもメンバーがいるそう。
もし茶道のアニメが世界に届けば、抹茶ももっとポピュラーになれるのでしょうか?
好きな食べ物は?と聞くとみなさん口をそろえて「うなぎ!」
茶道はどう?と聞くと、いい経験になった、とポジティブに返答してくれましたので、今回はこれでよしとします。
今日も1日いい花が摘めました。carpe diem.
参考文献
THE LANGUAGE OF FLOWER BY MANDY KIRKBY
THE PRE-PAPHAELITE LANGUAFE OF FLOWER BY DEBRA N. MANCOFF