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青年劇場公演「星をかすめる風」(ユン・ドンジュの物語)を観劇して

 今年の2月から2ヶ月毎に演劇を見る機会をいただいている。連句会のお仲間のお一人からの紹介で演劇鑑賞サークルに所属し、定期的に観劇するという、一種の講のようなシステムである。演目は自分で選べないが、いろいろな有名な劇団の演劇を見ることができる。自分の知らない世界との出会いは毎回刺激的である。


 今回見た作品は、青年劇場という劇団の「星をかすめる風」という劇だ。この物語は、韓国の国民的詩人である尹東柱(ユンドンジュ)が、終戦直前の福岡刑務所で人生の最期を迎える時期をフィクションとして描いたものである。劇中では何度も彼の詩がスクリーンに投影された。その詩は人間や自然の営みの普遍性を歌ったものだった。最後の一つは役者が韓国語で長い詩を朗読していたが、意味がわからなくてもその響きや力強さは心に訴えるものがあった。

 朝鮮人が収監されている棟の看守の杉山が死体で発見されるところから物語が始まる。もう一人の若い看守の渡辺が杉山殺しの犯人を探すよう命じられ、いろいろ探っていくうちに、尹東柱という若い詩人がこの殺人に大きく関わっていることに気づく。この殺人の背景、真の目的を明らかにしつつ物語が進行する。

 殺された杉山は最初、鬼看守として描かれるのだが、渡辺がいろいろな人の証言を確認していくうちに正反対の人間像が浮かび上がってくる。杉山は尹東柱の詩を読み、その詩に惹かれて次第にユンとの交流を深めていく。ユンは思想犯として捕まっているので、所持している本や自作の詩集までも燃やされてしまう。杉山がユンの詩集を救い出そうと、凧を飛ばす場面は涙ぐましい。自分の言葉を紡ぎ守ることの難しさ、戦争の狂気による弾圧、民族や言語の境界をこえて通い合う心、などいろいろなことに思いを巡らせた。

 この劇の原作の作者のイ・ジョンミンは、韓国ドラマの『根の深い木』の原作者でもある人だということがわかった。『根の深い木』はセジョン大王がハングルを発明・公布するまでの物語をミステリー仕立てで描いたもので、確かにこの物語と作風が似ている。この物語のストーリーテラーである渡辺は、最初は杉山を殺した犯人と事実を追っていたが、そのうち「真実」つまり殺人が起こった原因や背景を追うようになり、最後に真実・真相が明らかになる。だがその真実を知ったところで、渡辺はどうすることもできない。真相が明らかになってこれで終わりかな、と思っていたら、最後に渡辺が終戦の翌年に戦争裁判で追及をうける場面があった。渡辺が何もしなかったという罪を認める点が印象的だった。

 詩や音楽などの芸術の尊さ、戦争と平和の問題など、いろいろなことをミステリーを通して考えさせられる作品だ。機会があればもう一度舞台を見たい。

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