『すべては夢の中のこと』サイール
小さなぬくもりが胸の上辺りにあるのを感じ、ナビール国王弟サイールは浅い眠りから醒めた。
ぬくもりに視線を向けると小さな猫が丸くなって眠っている。
「…」
ぼんやりした思考で、ああ、先日兄が拾ったと話していた仔猫だと思い当たる。
払い落とそうと腕を動かしたサイールは、眠そうに自分を見つめてくる仔猫の視線にぶつかり、手を止めた。
真っ直ぐに自分を見つめる眼差しに、サイールは低く声をかけた。
「…なんだ、その目は」
サイールの声にピクリと反応した仔猫は、サイールの胸の上で軽く伸びをして喉を鳴らしている。
話しかけてもらったとでも思っているかのように。
「…おい、いつまでそこにいるつもりだ」
無礼者、と悪態をつくサイールにまったく物怖じしない仔猫は、体勢を変え、再び夢の中へと旅立ってしまった。
「…」
ゴロゴロと喉を鳴らしながら微睡む仔猫に指先を触れると、仔猫はサイールの細長い指を前脚で抱え込む。
「っ?!」
驚いたサイールは慌てて手を引こうとするが、思いの外しっかりと抱えられてしまったため、サイールの手は変な形で止まった。
眉間に皺を刻み、自分の指にしがみついている仔猫を忌々しげに睨みつけるが、無理に振り解こうとはしない。
静かな部屋には仔猫の鳴らす喉の音だけが小さく響き、そのぬくもりと相まって再び眠気がサイールを誘う。
「…すべては昼寝する猫の夢の中のこと、か」
昔そんなことを誰かが言っていたな、と視界の端に仔猫の姿をとらえる。
夢の中のことならば、暫くこのままでいてやってもいいか、と考えながらサイールは目蓋を閉じた。
✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎
ショートストーリー第一弾は何故かキャストに人気の高い王弟、サイールのサイドストーリーです。
ショートストーリーでは本編では見られないキャラクターの一面を書いていきたいと思っています。
『兄が拾った猫』はオーディオドラマCD第二夜サラーブの章に収録されております番外編をお聴きいただくと、ああ、あの時の、となると思いますので、是非。
アブドル国王はこの仔猫に勿論名前をつけているのですが、それはまた別のお話で。
お読みいただきありがとうございました。