よんごひんご日記《9.9-9.15》
9日(月)
フェス盛況だったみたいで。ああいう「推し活」楽しそう。推しが楽しそうにしてるの見て元気もらって、お金使って、日々の活力になって。「推しは予定」という言葉があるみたい。なるほど。じゃあ自分を推してみたらいいのかしらん。予定作ってあげて、お金使って、久しく見てない楽しそうな顔を見てみたい。とりあえず、チョコミントアイス買ってあげる。
10日(火)
土日のフェスのハッシュタグ見ながら、楽しそうだなーをまだやってた。 ツイッターいつも揉めてて見たくないから避けてるけど、流れで見てしまった。 公共の場の萌え絵っていうの、未成年とおぼしき女の子が潤んだ瞳と困り眉で頬を赤くしてるやつ、確かにアレ見たとき一瞬あっとなる。 アイドルグループの写真見て、好きな人なら◯◯とすぐ分かるしメンバーの名前も知ってるけど、そうでない人には「みんな同じ顔に見える」。プレミアリーグのチーム写真見て、好きな人なら◯◯とすぐ分かるけど、詳しくない人には「みんな同じ顔に見える」。ペンギンの飼育員さんは「ここにいる子たちは、みんな顔が違うんですよ」と言うけど、それは愛情を持って接しているからで、ほとんどの人には「みーんなペンギンに見える」。 ネット検索してると、エロマンガとかエロゲームの広告、そのエロ広告の恍惚の表情と、この公共の場の萌え絵が「同じ顔に見える」から、詳しくないと、あっと思う。たぶんこんな構造。
11日(水)
日記のほとんどをもう覚えてないけど。覚えてるいくつかを取り消したい。失敗してる。半年でやめようと思う。でも後悔するために始めたみたいなとこあるし。失敗するため、後悔するため、そういうのに慣れるため。まあだんだん塩梅がわかってきたというのはある。
12日(木)
エッセイ書けるのに憧れてたけど、難しい。まとまんない。日記は結構さらっと書けるのは、やっぱ文字数、エッセイらしい文字数に囚われてる。別に書きたいことだけぎゅっと書けばいいってことか。カルピスの原液だけをまずコップに注ぐ、そのあと美味しくいただけるように希釈すりゃいいんじゃないのか。カフェオーレのCMみたいに、こっちからコーヒー、こっちからミルクを注いで見栄え良くコップの真上で一発でカフェオレにして満たそうとするからダメなんだ。そんな技術はないんだ。カルピス、カフェオーレ例えが2つでややこしいが、このままでいい。
13日(金)
地域のお寺(?)の伝統芸能に励む中学生の男の子の様子をテレビで。本人は、夢とかないけどこれは続けたいと言う。お父さんは、本人の意思を尊重してと言う。少年を指導する年配の男性は、筋が良い、私なんてすぐ追い越される。と嬉しそうに笑って、ゆくゆくは住職(?)になって欲しいと。なんか世代だなーと。登場人物に悪い人はいない、はず。「将来」について聞いた取材側も。
14日(土)
矛盾してる。「人に見せるもんじゃない」と「見られてもいいように」が半同棲。「見ないで」と「ちょっとは見てほしい」が週末婚。 違うか。閉じた日記っぽいのと、開けたエッセイっぽいのがごっちゃになってる。中途半端。覚悟がない。
15日(日)
2時間40分の飛翔。あれだけ多忙にも関わらず、地方まですっと来て、ばばっと喋ってどっかんどっかん笑わせて、さっと帰って行った。すっと来て、ぱっと歌って、さっと帰ったという不死鳥美空ひばりのレコーディングのそれだ。これでまた明日の朝生放送だなんて。 「狂ったGPS」を調整するように、燃える翼を広げてステージを翔びまわる不死鳥山里は、いつか己の炎で丸焦げにならないことを祈るしかない。だからこそかっこよかったし、おもしろかった。あと、足が長かった。
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