明日へ渡る舟
凪いだ水面に一葉。
風がさらりと辺りを撫でて、水のドレープに導かれるように遠慮がちに揺れる。
何処までも続く水平線のなかに、ひとつだけ浮かんでいる。
落ちてきた夕陽が重なって、小さな小さな舟の影が朱の海に浮かんでいる。
何処から来たのか、何処へ行くのか。誰も乗せないまま、小舟は風の赴くままに方向を変える。
──日が沈みきってしまう前に辿りつかなければ。
急ぎ足の小さな葉は、果てのないような海原を目にはわからないほど微かな歩みで進んでいく。
──辿りつかなければ。
それだけが進んでいく理由だった。
己の意思では進むべき方向を決められず、ただ時折吹く風に行き先を委ねる。
──辿りつかなければ。
──何処へ?
その答えすら持たず、風は何処かへ小舟を運ぶ。
軽く無力な小舟は、姿のない大きなものに抗えない。
やがて夜になり、月が真上に昇っても、小舟はゆらゆらと浮かんでいた。
煌々と照らされながら、凪いだ水面に為す術もない。
ただ立ち尽くし、微笑をもって見下ろす月を見つめ返すだけだ。
──一体あなたは何処へ行くの?
月明かりとともに優しい声が降り注ぐ。
──辿りつくべき場所へ。
精いっぱいの声で、届くように小舟は答えた。
──どんなところ?
──わからないんだ。けれど、見つけたらきっとすぐにわかるよ。
直向きさそのもののように、小舟は前を見ていた。
──夜の間だけだけれど、あなたの行く道を照らしてあげる。辿りつけることを祈っているわ。
月はそれきり黙ってしまった。
星たちがきゃはきゃはと小さく笑い声をたてる。
気まぐれな風が、笑い声と小舟を何処かへ運んでいく。
風に身を任せたまま、小舟も一緒に笑い声をあげながら、月に何度もありがとうと叫んだ。
もうすぐ夜が明ける。何処へ辿りつくのだろう。