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仕事を辞める理由

私には2度の退職経験と2度の再就職経験があります。
そして2月に3度目の退職を果たしました。
現在は、日本の働き方がもっと柔軟になることを願い、その願いを叶えるために活動中です。

  • 日本企業を2度の流産を経て退職し娘を出産
    → 3年のブランクを経て外資転職

  • ワーキングマザーとしての苦悩の末に退職
    → 3年のブランクを経て外資転職

  • トランジションを目指して退職
    → 日本の働き方を変えたい!(現在)

本コラムは私自身のブランク付きの子持ち女性としての外資再就職経験と、転職アドバイス中に得られた学びなどをご紹介しています。

ワーキングマザーであるなしに関わらず、ブランク有無に関わらず、転職を検討する際の参考になれば幸いです。

アドバイスを求められた際に紹介してきた【転職メソッド】を 『ブランクからの外資転職』コラムとして紹介中。 
2022年は娘と旦那さんの日本企業からの転職も無事に果たす



仕事を辞める理由

さて、私の過去に一緒に戻ってみましょう。

もしかしてあなたはまだ仕事をしたことがないかもしれません。その場合は斜め読みでも良いので、いつか遭遇するかもしれない日のために目を通してください。

私自身の辛い経験談も当時の心境とともにまとめています。同様の経験をされたことがある方は思い出して辛い思いをしてしまうかもしれません。少しでも辛くなるようでしたら読み飛ばしてください。娘へ向けた手記をもとにしていますので経験を記録に残す形で記載しています、ご理解ください。

皆様が、自分にとって大切なものを理解し、そしてその大切なものを一番にする生き方・働き方ができますように。

最初の退職

私は3度仕事を退職しました。2度3度転職したという話はよくありますが、2度完全に退職してさらにブランクを経て再就職という話はサンプル数が減るかもしれません。

1度目の退職は2度の流産を経て、子供を授かることを選ぼうと強く決意したことがきっかけです。

1度目の流産

 1回目の流産は、病院で妊娠を告げられてすぐに「嬉しい!」ではなく、「え、今なの?」と瞬間に思いました。もちろんその後に「お母さんになるのか!」と嬉しくなりました。でもちょうどその頃、”新人さん”を卒業し、仕事で担当も与えられて充実していたタイミングでした。まだ数少ない女性の開発技術職で、仕事で認められたいという気持ちから「男性に絶対に負けたくない」とかなり鼻息荒く働いていたと思います。 男性の同僚からは「アグレッシブ」とあだ名をつけられていたほどです。そんな有様ですから当然、職場で自分自身の弱みを見せることができていませんでした。そのため、私にとって1度目の妊娠は「弱みを抱えてしまう」と直感で思ってしまいました。
会社に告げるタイミングをいつにするかと考えている間も「タイミング悪い〜、チームになんて説明しよう、あーいろいろ予定入ってるのに、どうしよう〜、あー調整めんどさい・・・」と自分自身の妊娠という事実を弱点と断定し、上司や同僚に相談することができないままでいました。

いつ伝えるか悩んだまま3週間が経ち、ようやく重い腰を上げて、胎児に影響がありそうな負荷の高い作業が発生する前日に、「流石に言わなくちゃやばいよね」と思い、上司へ妊娠を伝えました。今ならば、早めに伝えられた方が調整の時間が出来て迷惑にならないと分かるのですが、その当時の私は今以上に自分の事しか考えられず、作業の前日の夕方に突然伝えました。上司は暖かく「それはおめでとう!」と嫌な顔もせずに調整を試みてくださいました。本当に感謝です。私自身には負担の重い作業がない形で業務も終え、その週は無事に過ごすことができました。

特に体に異変のないまま訪れた、翌週の妊婦定期検診の診察中に、不意に胎児の心拍停止が告げられました。稽留流産というもので、出血などの症状も、痛みもないものでしたので、担当の若手のお医者様の診断ミスに違いないと、強い不信感を抱きました。けれど、しばらくすると多くのシニアな風貌の医師5−6名が診察室に続々といらして、次々に私へ静かに質問します。「何かいつもと違う症状は本当になかったの?」「些細なことでも何か気づくことはなかった?弱い痛みもなかった?本当になかった?」と症状について確認されました。

会社で妊娠を告げた際に、上司から「今回(負荷の高い業務)は大丈夫だから安心していいよ、これからは普段の業務も絶対に無理をしないでね」と親切に言われた際に、強がりな私は「普段は全く問題無いです、私丈夫ですし!」と気軽に返答した自分があまりに幼稚だったと言うことに気付かされました。私が丈夫でもお腹の赤ちゃんはもしかするとその時悲鳴をあげていたのかもしれません。

お医者様から「痛みもないなら、いつ心音が停止したのか判断がつかない。そうなると前回の診察直後ということも考えられます。今すぐにでも処置しないといけない、お腹の中で赤ちゃんが腐敗してしまうと子宮に影響が出て、2度と妊娠できない体になってしまうからね、このまま入院してください。これから準備を進めて、明日の朝処置をします」と緊迫した声で伝えられました。
心の整理がつかず、思わず先生に縋るように「もう一度見てもらえませんか?もう一度見たら心音が見えるかもしれないし」と涙ながら伝えましたが、一度停止した心音は時間をおいても戻ることがないと告げられました。その日の夕方処置を始める寸前に、私を落ち着かせるために、再度慎重に確認してもらえましたが、やはり心拍が見えないとのことで、翌朝の処置が確定となりました。
それでも私自身は納得がいかず「もうちょっと様子見してもらえませんか?あと1週間だけでも」と何度も何度も泣きながらお願いしてしまいました。その日の夜はずっと泣いて過ごしました。翌朝麻酔をかけ処置が始まりましたが、よほど激しい興奮状態だったためか、処置の途中で麻酔から目覚め「私の赤ちゃんに合わせてください。ちゃんとお別れしたい」と叫んで処置中の先生方を驚かせてしまいました。処置後は病院のベッドの空室がないとのことで、産婦人科の部屋のベットに運ばれました。ご出産されたばかりのお母さんが集まる6人部屋の一角のカーテンを閉めてずっと静かに泣いていました。

カーテン越しに聞こえる「あらどうしたの?こちらの方?」というご家族の声。「お子さん亡くなった方らしいの」という声、「あらぁーかわいそうに、あなたはちゃんと産めてよかったわね。あんなに可愛い子に会えないなんて悲しすぎるわよ」「そんなこと大きな声で言ったら聞こえるわよ、かわいそうじゃない!」「あら、そうね、かわいそうね!」というやりとりが聞こえました。なぜか不思議とそのやりとりへの怒りの感情はなく、ただただ、「本当にその通り」と自分が一層情けなくなりました。自分自身が母親の自覚を持たず、子供を邪魔者扱いして労らず、その結果子供を流産してしまったという罪悪感にとにかく涙が止まりませんでした。それまで人生において、何でも強がり、失敗したことや負けたこともその結果を認めずにずる賢く生きてきた私が初めて味わうどうしようもない大きな挫折でした。

2度目の流産

次の2度目の流産は、「子供に恵まれなかったことをくよくよしていてもしょうがない、子供がいない今しか楽しめないことを沢山しよう!」と、子供が欲しい気持ちに向き合わず、「いないならいないでいいんだー、授かったら授かったらでラッキー!次はちゃんと大切にするから!」と、強がって今を謳歌している時期、体力を使うスポーツや、地元の絶叫マシーンを散々楽しんで実家に帰宅した際に、ズーンと前回の流産の処置で感じた子宮あたりのずっしりとした重みを感じ、嫌な予感がして地元で診察を受けました。そこで妊娠していることがわかりましたが、今回は今は心音があるが、かなり弱くなっているということを告げられました。「なんてことをしてしまったんだ」と反省し、2週間実家で安静にして過ごしましたが、結局は同じく繫留流産で出血や強い痛みもないまま心音停止となりました。

もうどうしようもないほどに後悔の念に押し潰されてしまいました。欲しくないならまだしも、子供を授かりたいと思っているなら、なぜ私は流産する可能性のある行動をしてしまったのだろうかと。

この時ばかりはもう、罪悪感というよりも自分自身の浅はかさをとにかく責めました。ずっと実家の和室に戸を閉めて籠ってしまいました。2回目でお世話になった産婦人科医は両親の知り合いということもあり、様々なアドバイスをいただきました。「2回の流産自体は様々な原因でありうることだから心配しなくて大丈夫、でも、もし次の3度目も同じ繫留流産になった場合に、一度精密検査を受けることを考えてみてはどうかと、今は特に心配しなくていいし2度の流産自体は珍しいことではなく起こりうることだから」と念押ししてくださいました。流産になりうる原因は本当に色々あるとのことで、母体の生活習慣が悪い影響を与えることも否めないが、授かった子供自身の生命力というものもあり、生命力ある赤ちゃんは過酷な状況でも生き続けることができる。生命力がない赤ちゃんはどんなに母体が安静にしていても流産してしまう。だから、絶対に自分を責めないでと必死にアドバイスくださいました。

最初の退職の決断

私にとって3回目の妊娠となるであろう次回に向けては、「もう自分を責めたくない、罪悪感を持ちたくない」という思いが募り、万全を期しておく意味で退職を決意したというのが、1度目の退職理由です。

2回の流産で2週間会社をお休みしたこともあり、流産の話は噂話として職場のほとんどの方がご存知でした。そのため1度目の退職の際は皆に暖かく「頑張ってね!」と送り出していただきました。


2度目の退職

2度目の退職は、2回の流産の経てようやく授かった娘10歳を一人で夜中まで自宅にお留守番させてしまうことが多くなり、娘が寂しさを隠して必死に私の仕事をサポートしてくれている事に気づき、一番大切なものを大切にするために、退職を決意しました。当時はそんな言葉はなかったのですが、数年後「10歳の壁」という言葉が現れて納得したのですが、まさにその10歳の壁に直面したというとわかりやすいかもしれません。

10歳の壁

その頃、働くママとしての悩みを上司に状況を相談すると、とても暖かく「頑張れ!今が踏ん張りどころだ、今働く男性も実は今後自分の介護の時代がやってくる、そうしたら彼らも介護と仕事のバランスが必要になる。介護には終わりがない、でも育児は独り立ちという終わりがある。もう途中まで来ているのだから頑張れ!踏ん張れ!」といつも熱いエールをいただきました。

ものすごく恵まれた環境にいることを実感していました。役職ある立場にもしてもらえ、「頑張れ頑張れ!」と暖かく背中を押してくださった事に今でも心から感謝します。悩みつつも頑張っている時、夜遅くまで一人でお留守番をしていても、「ママおかえり、私は大丈夫だよ!」と笑顔で娘が迎えてくれました。「あー大人になったなー」小さい頃は大変だったけど、ようやくバリバリ仕事ができるようになったんだなぁ〜と感慨深く感じていた時でした。

担任の先生から、娘の様子が今までのしっかりさんキャラではなく甘えっ子キャラに少し変わってきたことを伝えられました。先生から見て年齢想定以上に自立しているタイプと思っていたため、最近見られる甘えっ子のような振る舞いに違和感を抱いてしまったとのこと「何か家庭内での変化はありましたか?」と聞かれました。担任の先生は第2子妊娠などの変化を予測して私に打ち明けたとのこと伺いましたが、私が思い当たるとすれば、一人で夜遅くまでお留守番をさせることが多くなっていた状況でした。先生にその状況を打ち明けると「本当に些細な変化なので成長の過程で現れるものかもしれませんが、お母さんが思い当たる節があるのであれば、ぜひお嬢さんとのお時間を増やして見てください」とアドバイスをいただきました。

2度目の退職の決断

その後、一人でのお留守番の回数を減らしましたが、旦那さんの海外長期出張が重なるとそうもいきません。ある日夜遅くなった日、ふと日頃の感謝を込めて「ママの大事さんはあなた、だから仕事よりも大事なのはあなた。ほんとよ、会社もあなたのためなら辞められるのよ、いつもありがとう」と、軽い気持ちでただただ彼女へ日頃の感謝を伝えるつもりで言いました。
すると娘が突然、「私は大丈夫だから、ママは仕事を続けて!お願い!辞めないで!私大丈夫だから!本当に大丈夫だから!」とワァーっと抱きついて泣き始めました。
旦那さんが海外出張に出かける際、私には「娘をよろしくね」と伝え、娘には「ママをよろしくね」と伝えていたこともあり、旦那さんが不在の間、自分がママをサポートしなくてはいけないと一人で責任を抱え、寂しくてもずっと頑張っていたのです。
こんなに心が折れそうなほど精一杯娘が頑張っていることを私は全く気づいておらず、それどころか「あー楽になった!」と手放しに喜んで、3度目の正直でようやく出会えた娘に全ての負荷を負わせていたということに気づきました。その瞬間まで、ずっと私が一方的に母親として娘の面倒を見て育てていた認識でいましたが、実は私の方が娘の愛で守られていたということに気づかされました。一番大切な人を一番苦しめている・・・。このことに気づいた瞬間が私に退職を決意させた瞬間です。「一番大切なものを消して失わないように」

ワーキングマザーである私をいつも心配し、リモートワークできるツールも制度も私に与え、暖かく応援してくださった会社には、「もちろん子供のそばにいてやりたいという思いもあるが、それよりも新しいやりたい事がある」と説明して辞めました。辞めると発表すると、「やりたい事って何、ぜひ出資させて!」と言って応援してくださる方までもいて、内心慌てました。その頃週末に外国人ママ友のサポートをしていたので、その延長線の「外国人ママのコミュニティーを支援したい」と説明したことを思い出します。


3度目の退職

そして今回、3度目の退職については、前2回の退職と少し異なりますので、やりたい事との向き合い方(仮題) で今後ご紹介したいと思います。


退職を成功させるために知っておくといいこと。

3度の退職を経験した私がいうのはあまり説得力がないかもしれませんが、私はこれから退職をしようと考えているみなさんに安易に『退職』を一番の解決法としてオススメしません。
もし今、働き方や職場で抱えている課題があるなら、

次のステップで自分自身の状況を確認してください。

  1. 上司・社内メンター・同僚を含む周囲への相談

  2. 他部署への異動

  3. 転職

  4. 起業

上記は自分自身をレビューするための段階と思っていただけたらと思います。

「上記ステップを段階的に取り組まないと転職は成功しませんか?」と問われたら答えはNOです。

例えば、ワーキングマザーで、働いている職場が家から遠く、在宅もできるが在宅をしづらい職種や職場であり、在宅をするだけで評価が下がる職場に勤めているとします。今現在肩身の狭い思いをし、社内の評価も低いのであれば、「転職」が最短ルートとなりうるかもしれません。

私が20代の頃は、「社内での評価が低いと転職しても社外でやっていけない」と熱弁を振るう方の話をよく聞きましたが、働き方の柔軟性の低い企業で評価が低いのであれば、働き方の柔軟な企業へ転職することで、やりがいも増え、評価を上げることが容易になる可能性が大です。

しかし、大切なことは異動・転職・退職 いづれにしても自分自身で決断した行動であるか?ということです。そのためにも自分自身の状況をしっかりと見極めて判断することが大切です。自分自身を網羅的にレビューできているか?の確認ステップとして上記ステップを利用してください。


上司・社内メンター・同僚・外部への 相談

まず、周りに相談してみてください。
過去の私のように自分の中だけで抱えて答えを探るのではなく、
「応援されているのは十分に理解しているが、このような課題がある」と。「大切なものを一番にするにはどうしたら良いかと悩んでいる」とオープンに素直に相談してみてください。

上司に話せない場合は、社内の自分自身のメンターになってくれそうな人を探して相談してみるといいでしょう。
同僚への相談も何か良い解決法が見つかるかもしれないのでいいですが、同僚への相談で注意すべき点は、単なる愚痴大会で終わる可能性です。「不毛な愚痴大会が始まり、相談どころか相手の不満を聞く場になってなんだか一層疲れてやる気がなくなってしまった」という話をよく聞きます。現状だけを語る相手ではなく、未来を描こうとする相手を選んで相談すると未来に向けた視野が広がる意見をもらえてお勧めです。もちろん単に愚痴を聞いてもらいたいだけでしたら愚痴大会でも問題ありません。その場合は聴くに徹してくれる方を選ぶと良いでしょう。自分が話を聞いてもらいたいだけか、意見を聞きたいのかで相手を選びましょう。

いずれにせよ社内への相談はちょっと・・・という事であれば、ネットワーキングを広げて社外の人へ相談してみてもいいですし、自分の確固たる思いがあってそれを行動にうまく動かせないときはプロのコーチングを受けるのも適しているかもしれません。

相談をすると、相談相手の目線での意見となり、視野が広がりすぎてなんだか答えから遠のいたような近づいたような、相談したのに一層迷子になったような気持ちになることもあるでしょう。立場の異なる複数人に相談すると一段とそのようなケースに陥りがちですが、私は誰か一人に相談するよりも、複数の様々な人の声を聞いて、迷子になったような気分を味わうことが大切な感覚だと捉えています。

迷子気分になったら、再び仕事を選ぶ際に大切なことでご紹介した「仕事をする上で大切にしているもの」確認方法 を参考に改めて自分自身を見つめ直してください。
頂戴したアドバイスに完全同意する内容、違和感のある内容。様々な自分自身が抱いた感情に注目して自信を見つめ直すと一層効果的です。

そうして見つめ直した結果の「仕事をする上で大切にしているもの」は一層意識の中で強調され、強い意志となり、その意思に導かれる形で未来が実現に近づきます。


社内他部署への異動

相談しても、アドバイスに沿って行動をしてみても、改善しない。そんな場合は社内の他部署への異動も考慮してください。自分の興味がそそられる部署はないかちょっと視野を広げてみてください。もし社内に自発的に他部署に異動できる制度があるなら、やってみたいまたは自分が大切にするものが一番にできそうな部署へ経験がなくてもドンドン申し込みをするといいでしょう。

私自身これまで数多くの社内異動をしてきました。転職した際に「新しい会社の風土に馴染むのが早い」とよく様々な方にフィードバックを頂戴したのは、この異動の経験が多かったことも一つの理由になるかと思います。

集まる人が変わるとその組織の風土も変わります。会社としての風土とは別に集まる人によって形成される組織風土はその時・人・背景などなど様々な要素が絡んでそこに存在します。部署異動をすると、前の部署と新しい部署の「違い」を明確に認識できます。最初は少しの違和感を感じますが、その小さな違和感はあなた自身に大きな気づきを生むきっかけとなり、組織にとっても新しい視点を持つあなたが加わることで大きな価値を得られます。

よくこの話をすると、「私も異動は沢山した!数え切れないくらい!」という方が意外と多くいらっしゃいます。詳しく話を伺うと、会社の方針として2−3年おきに辞令が出るとのことでその異動とのことですが、自発的に異動希望をして異動する場合と、辞令で異動するのでは自身が得られる学びは少し異なります。

私自身、辞令による異動と自主異動の両方を経験しましたが、自身で希望する異動が可能な会社であれば異動へチャレンジすることをお勧めします。

理由は簡単です。自分で決断しているかどうかの違いです。
何を大切にしているか自分自身を見極めそれに沿って異動先を決断する。決断した内容とその行動の結果自体が自分自身のトライアンドエラーの経験データになります。自分を真に見つめて異動したものは失敗することは少ないですが、それでもそれでも希望異動したが失敗だったとと感じることもあるかもしれません。失敗と判断した結果も、その異動が自身の決断を伴ったものであれば、決断と結果がセットで自身の経験財産の一つとなり今後の人生の大きな蓄えとなります。

異動を試みたが、受け入れ先からの不合格を受けた。というケースもあると思います。希望する異動が受け入れられなくても、異動に挑戦する能動的行動で自身が得られるものが大きくなるので安心してください。その行動に意味があります。

私自身も異動を希望して異動を受け入れてもらえなかった事があります。「不合格・落ちた」と思うのではなく、「今の自分が活躍できる場はそこではなかった、また成長してトライしよう!」でもいいですし、「おっとじゃぁ別のあそこも試してみようかな!」でもいいですし、自分自身が否定されたと思うのではなく、別視点から眺めるいいきっかけをもらったと思いその結果を持って改めて「仕事をする上で大切にしているもの」の方法で自分自身をレビューすると良いでしょう。レビューした結果で自身の行動を変えてもいいですし、諦めずに突き進む、どちらでも正解です。

もし、本当にやりたい業務内容があって、その社内異動では希望する部署へ異動できないなら、転職や起業という選択肢が大きく近づいてきます。

転職

次に、社外への転職です。今はリンクドインといったサイトなどで多くの情報を得られます。職歴を掲載するために、自分の職歴をまとめると、「あーあの頃はこんなこと頑張っていたなー」「この時めちゃくちゃ楽しかったなー」など、当時の自分自身の感情を思い出すでしょう。その時に楽しかったなーと思う内容が出てくれば、自分らしさが活かされ、あなたに取って安全な空間だったということを思い出す事ができます。あなた自身があなたを理解することで、これまで培った様々な経歴を最大限に活用する形で転職する事ができます。

転職については仕事を選ぶ際に大切なことを参考にしてみてください。


起業・副業

または、私が2度目の退職の際に使った言い訳としてではなく、本当に自分自身がやりたい事が明確であるのであれば、社内異動でもなく、転職でもなく、起業です。
転職については上記の通りですし、起業については多くの本で紹介されていますし、私の友人にも起業を実践し支援される方がたくさんいらっしゃるのでぜひ多くの情報から自分に適したものを選んでいただけたらと思います。
そして今は副業も可能なので、仕事をしながら起業することもできます。


退職

そして、もしどれも答えに辿り着けそうになければ『退職』です。

私自身は最初の2度の退職のどちらも自分自身のプライオリティー選択を持って、「あー、私のキャリアはここでおしまい」「もう2度とこの世界(業界)に戻ってくることは出来ないだろう」と覚悟して退職しました。

でも、2度ご縁があって戻る機会を与えられました。

「ご縁」という言葉でまとめると安易な感じがしますが、私自身が退職に向けて実際に大切にした 内容については、次回「退職する際に大切なこと」でご紹介します。


今回は私の「仕事を辞める」に関係する、過去2回の経験からの学びをご紹介しました。
辞めるも続けるも異動も転職も全てあなたが決断して行動してください。


大切なものを大切にして、後悔のない人生を!


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