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晩春部六 壱

キット私ハ気ガ触レタノ
start
 先生、聞いてくださいませ。きっと私は、気が触れたのでせう。ああ、珈琲、ありがたい。ええ、好きです。 其れでね、先生聞いてくださいませんか。

listen
 ああ、何から話せば良いのやら。ええ、落ち着きます。手が震えるのです。思い返すまでもなく。 根本からが、よろしいでせうか。はい、では其れは幼い頃にまりませう。昔、私はお祭りで金魚を一匹釣りまして。でも、金魚って。ねえ。
 不気味じゃあ有りませんか。目が大きくて、腹は膨らんで。何を食ったらアンナンになっちまうのか。私は嫌いでね。
 其れだからか、金魚にも嫌われて。
 世話?
 ええ、世話はもっぱら姉がやっておりました。
きれいだ何だ喜びまして、女はなんでアンナ珍きょうなモンをこのむんでせうか。合うたびに褒める姉の声が、不思議でならんでした。私は、なるべくソレとは関わりませんでしたけど。玄関におくもんだから、姉が喜ぶと。嫌でもガッコから帰ると目があうでせう。
 気味が悪いやつだと。にらめつけるのが恒例で、そんな私をソレは、底のくらい出っ張った目で見つめるんで。私はよくよく祭りでつったことも、何なら、祭りに行ったことも後悔したもんです。

question
ソレが始まった頃ですか。ええまあ何ともまあ。
 いつからだったか、普通は覚えてはいないもんです。ソレが私は、覚えているんです。金魚が死んだのです。でかい腹を水面の上に突き出し、そのあととろりと側面を浮かせました。
 水が濁り、壁には藻がはり、水槽の底にはそやつの目玉がコツとおいてありました。何故かは、分かりません。
 だって、前日まで姉が世話をし、相も変わらずコロコロとした声で褒めそやかしていましたものの。真っ先に私が姉に疑われまして。無く姉なんてまだ手をつないで、厠に行っていた頃くらいから見てなかったもんですからおどっろきましたとも。
 え、ああ、本当に私ではなく、理由も分からないままです。その日です。
 正確にはその日の晩です。姉からの誤解も解けず憂鬱なまま寝床につきまして。夢を見ました。

answer

 夢はこれまでも何度かは、見たことがあるんですが起きたら忘れるもんで。ハッキリ覚えて、しかも気が触れるとは思ってもおりませんで。
 ええ、ええ、手が震えるんです。止まないんです。珈琲のおかわりいただいても?
 ああ、ありがたい。すいません。
 簡潔に話すべきですか?ああ、詳しく。
へえ、なるほど。まあ、そうでしょうね。検査にならんですもんね。
 どこから話せば良いのやら、嫌ななに話せるモンは話せるんです。ただね、私の中でも支離滅裂で、ぐっちゃっとしてまして
あ、はあ、奇妙な先生だ。え?いえ、そちらの方が、私としても都合が良い。ありがたい。
 そもは、気が触れた男の話です。検査なあんて立派モンしてもらえるだけ、嫌、話を聞いてもらえるだけ贅沢なもんです。
 この茶菓子は、おいしいですな。先生は、色々珈琲といい、卓にそろえてらっしゃるものが私好みで居心地が良い。え、はは、冗談を。
 怖いこともおっしゃるようだ。思わず身が震えたじゃあないですが。
 
dream
夢です。
 ええ、内容は夢の話だと思うんです。いかんせん、底もハッキリはして無くて夢であってほしいと思う私の願望かもしれませんが。

ええ、内容は夢の話だと思うんです。いかんせん、そこもハッキリはして無くて夢であってほしいと思う私の願望かもしれませんが。
 金魚が出るんです。
ええ、そう金魚が、私の腹から。
変でしょう。ああ。やっぱり変だ。話さなきゃ良かった。気味悪い。ええ、気味悪い。
 だってその金魚は、目がくぼみ、私の腹を突き破り私の目を人の舌のようなものでなめるのです。
気が触れました。私は、夢の中で気が触れました。おかしい、おかしい。こんなこと。
 金魚が腹から出てくるのも、イタい。本当にイタい。目玉をなめるのも。魚にしたなぞないのに。
 責めるのです。まるで私が、お前を殺したと。
 その手で、目をえぐったろと、だからくれと舐めるのです。腹からは同じ金魚が続々出るのです。そして、全てが私の目玉を舐め、私の目玉はあめ玉のように溶けていく。
 熱い、溶ける。舐められる。熱い。熱に浮かされ、腹は痛いし血も出るのです。
 なのに目を閉じることなぞ終ぞ出来ず。ええ、先生、先生、どうか私の腹を見てください。内臓までもが溶け、今や背の肉と骨のみです。
 目は溶けて、真っ暗な闇かと思われるでしょう。違います。違います。
 金魚の舌が見えるのです。腹はまだまだ痛いのです。腹が終われば、肺から、肺が終われば、喉から、喉が終われば頭から、そんな気がするのです。現にほら、また残った腸を食い破り、金魚が一匹。
ああ、ああ、イタい。イタい、先生。イタい。
 その金魚も、私のガランドウになりかけの目を舐めに来る。舐められるたび叫ぼうとする。腹から出るたび逃げようとする。
 出来ないのです。身体は動かず。ただ、金魚からの復讐を受けるんです。
 私は、何もしちゃ居ないのに。

instructor

 男に告げる。

 ソレは、求愛だと。
 君は金魚に惚れていて、金魚も君に惚れている。
君の視線を独占したくて、あめ玉のように甘い君に目を舐めきる。君の身体を知りたくて、中を悠々と踊りたいのだ。
 金魚というのは、存外愛が深い。そういうものだ。だがソレでは、君の体が無くなるな?
 私は、たまたまだが体が多い男を知っているんだ。君の金魚がきにいるかは分からんが。
 目も腹も無い状態は、幾分生活し辛いだろう。分けて貰うといい。
そうだそうだ、珈琲のおかわりはどうかね。
いるか、ええ、遠慮はいらないよ。茶菓子も食うといい。君が好きと言うより、金魚が君に食ってほしそうにしているように、私には見えるな。
 ずいぶんとまあ、お似合いのようだ。
 
ん?何だって、      

    
    ほう。

ふざけるなと言うか。私が一体何時ふざけたのか。
 ずっと?ええ、ええ、まあまあ、そうか、そうか。じゃあ少し手を貸してごらん。なあに、君自身に触れるだけ。
 ふぉうら、私には目があるな。君のようにガランドウじゃあ無い。
 ふぉうら、私には腹がある。君とは違う。なあに、夢だと思っている?
 夢ならずいぶん、金魚はけなげだな。
 君はその夢とやらを見てから、目が覚めたことはあるのかい?
 無いだろう。そうだろう。
 そりゃそうだ。君の目は、ガランドウだよ。何も見えなくて当たり前さ。
 前にも居たんだ。
ああ、ああ、泣くな。落ち着け。例えがある。聞けば幾分か落ち着くだろうよおう。
 
 女がな、爪が好きな女がいたのさ。自分の爪に形が好きで食っちまった。
 へえ、そうさ、気が触れた女でな。
 いろんな爪を剥いでは食っていた。私の爪が一番きれいだと。

オッと、、金魚よ。
私は男は食わんよ。君のものさ。

   さてと、話を戻すがね。
 体が多い男がいると言っただろう。女はそれに目をつけた。女の奇行は、こうだ。
 爪を剥がして、自分の指に縫い付け食う。ソレを来る返す。
 目をつけられた男は、つめの十や二十くれてやると言った。女は、嫌がった。その手が良いといいだしたのさ。だから男は、手首をやった。
 何本やったのかは、知らんがね。
ん?気になるか。今度聞いておこう。
いやなにぶん、男は友人なものでな。聞こうとすればすぐ聞ける。

 どうだ?少しは落ち着いたか?金魚が、君から流れる涙を舐めとるのに必死だな。

 ええ。はあ
気が触れているものが、他にも居て安心では無く、怖くなったと。
こりゃいかんな。
 んーん、別の話もあるが、君の状態をまずは、見つめ直さないといけないな。 

return
 私はとんでもない先生のところへ、来てしまったようだ。勿論珈琲もお茶請けもおいしいが、まさか私の夢を現実だと言い出すとは。
 しかも、私の目はガランドウだと。
 こういった先生は、ミイラ取りがミイラになったというのだろうか。
 見た目は、普通の先生なのに私よりも重傷なのではと思っていたら、頭の痛くなるようなキグルイの話が出てきた。
 しかも何より、私の夢の金魚を求愛という。
 いかれているとしか思えないまま、私は珈琲に手を伸ばしはっとなった。
もしや私が、異様なまでに慌てているのがおかしくて、作り話でこの方はふざけているのかと。
 カットなり勢いよく顔を上げると思ったよりも近くに先生の顔があり驚いた。
 

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