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【Lost Liner Notes】 マイルス・デイヴィス / ネフェルティティ (1967年)

Miles Davis / Nefertiti

これは1996年にリリースされたCDのために執筆したライナーノーツを加筆・訂正したものです。

ネフェルティティ王妃の胸像は、古代エジプト芸術の中で最も美しいといわれている。そしてその名前をタイトルにしたこのアルバムも、ジャズという芸術の中で最も美しい作品だ。マイルス・デイヴィス、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスによるこの奇跡のクインテットは、スタジオ・アルバムはたった4枚しか残していない。しかしその最終作であるこの『ネフェルティティ』は、楽曲、演奏、パッション、テンションのいずれもが極限にまで達している、至上の、神聖なる芸術作品である。この至高の作品には“批評”や“解説”などはまったく無意味だ。だからここでは、ドキュメント的にこの時代のマイルス・デイヴィス・クインテットの動きを追っていくことにしたい。
この頃マイルスは、CBSレコードの計らいでいつでもスタジオを使うことができた。そこでマイルスは1967年の5〜7月の間に計7回スタジオに入り、それが『ソーサラー』『ネフェルティティ』という2枚のアルバムになった(のちに当時オクラになった3曲が『ウォーター・ベイビーズ』に収録されて陽の目を見た)。そしてこの『ネフェルティティ』にあたる6〜7月のセッションは、まさにこのクインテットが頂点に昇り詰める様がヴィヴィッドに収録されているのである。
6月7日(水):「ウォーター・ベイビーズ(『ウォーター・ベイビーズ』収録)」「ネフェルティティ」録音。「ウォーター・ベイビーズ」は前作『ソーサラー』に共通する内省的なサウンドだが、続く「ネフェルティティ」では衝撃的なアプローチが展開されている。ウェイン・ショーターの手によるこの曲では、マイルスとウェインはまったくアドリブをとらず、メロディを延々と繰り返し吹いているのだ。そのことから、この曲は当時“これはマイルスによるアドリブへのアンチテーゼだ”などといった議論がなされた。だがハービーはインタヴューで、このアプローチはハービーのアイディアだったと語っている。“この曲はフレイヴァーがすべてだ。そしてメロディがとても強いから、その下でリズム・セクションが色づけしていけると思った”というハービーの言葉のとおり、この曲はマイルスのアドリブ云々というよりは、美しいメロディと、リズム・セクションの“アドリブ”によって構成されていると考えるべきだろう。とにかくこのハービーとトニーのプレイを聴いてみてほしい。最初から最後までずっとアドリブをしているのである。それもとてつもないプレイで……。つまりこの曲は、フロントがリズムを担当し、リズム隊がアドリブを担当するという“逆転の発想”で創られたものなのだろう。ちなみにハービーの言葉によると、オリジナルとされている(このアルバムに収録されている)テイクは実は“テイク2”なのだそうだ。“テイク1”は最高の出来だったのだが、テオ・マセロのミスにより録音されなかったらしい。“テイク2”もこれだけすごいのに、それ以上だったという“テイク1”は、いったいどんな演奏だったのだろうか。そしてこんな神がかり的なレコーディングをしてしまった時、21歳のトニーはいったい何を感じていたのだろうか……。

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