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【長編小説】異邦人 #4


 それから二週間に一度ほど同僚の原付に乗せられ、十四区のバーに顔を出すようになった。また来てくれたの? 嬉しい。と彼女は毎回喜んだ素振りを見せる。彼女の家はバーから近く、チーママが彼女の従姉妹だった。チーママはとても若く見えた。

 二九歳なの。と彼女は教えた。
 わたし、何歳に見える?

 二四かな。

 二八。

 見えないね。

 二個下だった。たしかに婦人のような気立さが垣間見られたが、そう見える顔立ちでも身なりではなかった。肌には張りがあり、装いは店の制服なのだが、白いシャツに黒いミニスカートが学生服のように見え、鈴のついたチョーカーが猫を演出させる。みゃおと鳴いた。

 五度目に訪れたとき、彼女はおらず店を辞めたとチーママが話した。

 最後に訪れてから三週間ぶりだった。

 彼女の連絡先をチーママに訊いたが、
 わたしから彼女に伝えておくからきみの連絡先を教えてよ。一応決まりでさ、言えないのよ。と答えた。同僚はもう一人の女の子と仲良くなってはいたが、私が出ようと戸に手をかけると、
 せっかくだから飲んでいきなよ。

 決まり、ね。

 私は一度断ったが、結局座ることになった。どうせもう訪れるつもりはなかったので前回入れたボトルを飲み干してしまうことにした。同僚はバンドの話でべつの女の子と盛り上がっていた。チーママにもウイスキーを振る舞い、街の話を散々聞かされた。満月の日に白い服を着るという言い伝え。月の精神を狂わす光から身を守る意味がある。新年に金をばら撒く風習。富を得た者にとってはそれを還元する意味があり、そうではない者にとってはあらかじめ負を被り、それ以上失うものをなくすという意味合いがある。現地民以外が気にすることがない話だ。程よく酔いが回ってきたところで彼女が一区のどこかで働いているという言質をとった。個人情報もないこの街で、意味のない決まりを守る奴なんていやしない。食えない女だった。

     *

 一区の勤務先の近くにも行きつけの店があった。形体としてはスナックと言われるかもしれない。ほとんどその付近のバー街は、余所者のたまり場となっており、余所者のくせに地元民を余所者呼ばわりし出す連中も多かった。

 通りから路地に入るとカラフルな落書きが散見される。路地には薄手で胸元を大きく開いた女が多数往来していた。誰もが忍ばず堂々とした立ち振る舞いをし、風俗店の前を通る度、華やかな衣装に身をつつんだ女が身体を擦りつけ、メロンみたいな加工済みの胸を押しあてるように腕を組んでくる。一帯はまるでバリアが張られているかの如く、あらゆる不法をも見逃されている。治外法権のようだが、それは無法であるというより権利に守られた地区と行ったほうが正しい。べつにスラム街ではないのだ。

 その地区は外的から身を守る要塞としての役割を果たし、路地の入り口の通りを挟んで警察とアウトローの銃撃戦があった際も、決して彼らは近寄らなかったし、女の子たちも要塞のなかに逃げ込んでいくあり様であった。二〇〇メートル四方の入り組んだ迷路構造をした袋小路となっており、高さは最大でも十階程度なのだが、立体構造上でも複雑に絡み合い、目と鼻のすぐ先にある店に行くために、大幅な迂回を強いられるので、大体の者は入口付近のエリアA(一区A通り)で飲み食いをする。特に入口に面したクシヤは人気店だった。

 もともとは地元民――昔は特に軍人の――縄張りであったため、ここに住み着く地元民も多数いるし、ここに稼ぎにくる者の大多数は地元民である。私の行きつけのバーはエリアBと呼ばれるB通り沿いの路地裏だった。エリアBに向かうためには三つしかない入口のうち、二つが正解の道だ。チーママが言っていた彼女の勤め先もこのなかのはずだが、どうにも見当たらない。

 室外機から滴る雨に打たれながら、目的の雑居ビルの六階に向かう。私がこの街に来た当初、マンションを仲介してもらった不動産の中年に連れられてきたのが最初だった。彼は詐欺で捕まり、もういない。

 ANABARと書かれた表札のとびらを開けるとニシさんがいた。飲食店のオーナーである彼は五○歳後半で、白髪が五束ほどメッシュになっている。詐欺師の知り合いでその繋がりだった。よく居合すことが多かった。

 少し躊躇したが、隣に座る。彼もまた私と同じように詐欺師が消えて、ここに来やすくなった一人なのである。

 カラオケを歌っていたニシさんは、私の顔を見るや否やマイクを置き、よお。と意気よく声をかけてきた。お邪魔します、と会釈した。バーカウンターの端に、私の会社が発行した雑誌THE CITYが置いてある。乱れていないことから察するに、誰にも読まれていないか、あるいはママが几帳面すぎるのかもしれない。

 こいつはたしか、いくら騙されたんだっけな、一万ドルだっけか。

 という、お決まりの紹介の挨拶を繰り出すが、相手がそれを聞くのは四度目だった。

 ニシさんには敵いませんよ。とクソみたいな冗談を言ってみると、彼はがははと気分良く笑うのである。

 それから彼はいつものようにこの街で経験したイラついた話を延々と彼女らに聞かせる。彼女らは彼以外からもよくそういう話を聞かされるのだろう、扱いに慣れており、うんうんと頷いて現地人にも関わらず時折自虐的に話を被せてくるが、ニシさんに言わせてみればその相槌は自虐にすら至っていない。要は見下している対象の自虐は耳が痛いだけなのだ。私も仕事柄そういった悪口を収集するのに彼の話は非常に役立つ面があった。

 外から来た者たちはみんな、この街の悪口を言う。あたかも彼らの故郷が正しく美しいものだと信じこんでいる。

 私は卓上の毛のような細さのサキイカらしきものを口に放り込んだ。味はサキイカのようでもあり、そうでもない気もした。

 これはなんです。

 チーズ。とママは答えた。

 味はたしかにそれらしいけど、にしても細すぎる。

 裂けるチーズなの。朝からずっと私たちが手で裂いて作ってるんだ。と目の前の女が言った。

 おねえちゃん、こいつと付き合ってやれよ。
 呼ばれた目の前の女は、頬は腫れあがったように丸く、手には吐きコブがあった。

 新人です! と意気がいいが、空回っている。

 でもこいつは、女ったらしだからダメかな。と言って勝手に一人で笑い転げる。あそこがいくつあったって足りやしねえ。

 女の視線は私を舐めまわし、ダメねぇ。と被せた。

 ニシさんの言うことは信じちゃだめだよ。と優しく諭してみる。

 でも実際に多いんでしょうと、後に退かず、ぷくと頬を膨らましさらに満月になったその顔が憎たらしく、針でもぶっ刺して空気を抜きたくなる。

 なら、最近いつセックスしたの?

 馬鹿だな。

 なら、わたしとしようよ。今夜どう。

 そうだね、きみみたいな子が恋人なら、きっと浮気なんてしないしね。

 この街の女は嫉妬深い。毎月平均二本のペニスの接合手術があるという。違う意味で一本ではたしかに足りやしないのである。


 帰りはニシさんに原付で送ってもらった。彼は酔いながら躊躇ない速度で飛ばした。コマの原理と同じで速度があればふらつかないらしい。だが案の定警察に見つかった。一○○ドルの賄賂を私も折半で払わされ、自宅に着いたときは十二時をまわっていた。

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